芦屋芸術|同人誌・現代詩・小説

芦屋市に、ドッグランを!

 友人の市会議員から相談があり、芦屋にドッグランを作ろう、動物と共生する地域にしよう、そういう話だった。

 もう亡くなって六年たってしまったが、かつて私はジャックという黒いラブラドールレトリバーを飼っていて、たくさん散歩仲間がいた。だからその散歩仲間を中心にドッグラン設置を求める署名運動を始めることになった。

 今はワンちゃんを飼っていないので、ご近所のハスキーを二匹飼っている散歩仲間に運動の代表をお願いした。快諾してくれた。余談になるが、彼は私より三歳年上で、私たちは所謂「団塊の世代」だった。いずれドッグラン設置を求める運動の顛末は、改めてブログに書きたい、そう思っている。

 この運動を始めだして、私はこんなことを考えるようになった。

 私の場合、二十九歳から自営業を始め、ずっと同じ商売を続けて、現在七十三歳。四十四年余りを同じ仕事で飯を食ってきた。変わったことといえば、八年前にワイフを喪ってからは次男と代表者を交代して、私は使用人として午前中の一時間余り、せいぜい二時間くらいで事務所を引き上げている。といって、仕事の内容は従来通り緻密にこなして、決して手を抜いているわけではない。

 私が住んでいる新興住宅がオープンされて十九年を過ぎたが、その間、町はドンドン拡大している。最初からこの土地に住んでいる私には、新しい家が建ち住民数が徐々に増えていく様子さえ目に浮かぶ。ご近所を見渡せば、サラリーマンや教師・公務員などを務めてきた人々の中には、既に退職して年金生活を送っている家庭もある。また、二十年近い歳月の中で、転居した人や転入した人、あるいは家庭事情もさまざまに変化している。

 それはともかく、残された時間、もちろんいつまでこの世に生きながらえているのか誰にもわからないが、これまでやってきた生活とは違った何かをやりながら毎日を暮らしていくのだろう。日々、新しい生命活動が待っているのだ。だから、生きるって、トテモステキなことなんだ。