芦屋芸術|同人誌・現代詩・小説

再契約

 京都の町だった。二条城近辺だったのは、確かなことだった。

 十代までは京都のあちらこちらを観光した記憶がある。しかし社会人となってあくせくし始めてからこのかた、観光ではなく、時折ビジネスで私は京都を訪れていた。

 もう四十年近い昔になるのだろうか。一年契約だったT社の再契約のため、私は担当者と面談していた。その会社は建材の卸を中心にした中堅企業だった。何故か、とても薄暗い場所だった。相手の顔の輪郭でさえ透きとおったゴムのカタマリのようで判然しないのだった。全体がうすボンヤリとしていた。

 再契約のためあらかじめ私が持参した某外資系企業の契約書は、紫色と橙色の文字で契約内容や契約者の社名・住所が印字されていた。だが、担当者が、

「社名変更になった。契約書を訂正する」

 そう言って、契約書の上に新しい社名や住所を新会社のゴム印で押印して訂正したばかりではなく、契約内容まで「これも修正するんだ」、そう呟きながら黒インクでべったり汚してしまった。

 私はベッドの上に寝転んだまま、この契約書を再確認していた。ダメだ、こんな契約書では無効だ、私は担当者をにらみつけたが、彼の姿はもうそこになかった。ダマされた、ハメられていたんだ! その瞬間、私は底なしの泥沼に突き落とされ、仰向けになったまま顔を歪めて苦悶していた。既にビジネスマン失格者の烙印をヤキゴテで額に焼き付けられていた。まだ二十世紀をうろついているのか。こんなところでグダグダ油を売っているのか。叱責する声が脳の中でワメキ続けた。お前の時代はもう終わっている。さらばだ!