芦屋芸術|芸術誌・現代詩・小説

亀、店仕舞、割れた鉢、時は流れて。

 昨夜はいつものスナックで遊んで、なぜか、ウツウツとして、少し早く帰宅した。十一時半過ぎには我家の扉が開いていた。

 

 なぜ、酒やタバコを唇へ運びながら心楽しまず、ウツッとしてしまったのか。

 年内でスナックが店仕舞する話のいきさつを耳にして、心傾き、暗く乱れ、下の方へ落ち込んでしまったのか。ここに詳細は語らないが。

 

 歌も三曲歌っただけ。桂銀淑の「yesと答えて」「ベサメムーチョ」、秋元順子の「愛のままで」。これ以上歌う気がしなかった。

 

 土曜の朝は射しこむような光が散乱していた。おそらく真夏日がやって来るのだろう。毎日反復している家事全般が終了した後、散乱する光の下で、以前から気になっていた作業を実行した。

 こんな作業だった。

 亡妻が遺してくれた彼岸花の鉢が割れてしまった。理由はわからない。ある日突然気付いたのだった。全体の八分の一ぐらいだが、そこから少し土が零れ、球根がはみ出していた。家の裏に置いている鉢の中から焦げ茶色をした大きいのを一つ選んで、彼岸花を植え替えた。また秋には咲いてくれるだろうか。彼女が他界して十二年間、毎年白い花を咲かせていたのだが。

 

 この後、土曜日恒例の亀の池の掃除。その間、亀は庭を散策しているが、いつになくゆっくりした歩調。三十七歳という年齢を考慮すれば無理からぬ話かもしれないが、私はじっと彼を見つめてばかりいた。そういえば、私もこの世に七十七年間寝泊りしているのだった。

 

 

*写真は、疲れているのか、自ら帰宅する亀。