芦屋芸術|同人誌・現代詩・小説

クーパーの「反精神医学」を読む。

 先日、「臨床精神薬理」第25巻4号(星和書店、2022年4月10日発行)を読んだ。また、その読書感想文を「芦屋芸術」のブログに私は書いた。結論から言えば、所謂「統合失調症」という病の原因は不明だった。あれこれ推論はあるが、詰まるところ主に脳内のドーパミンなどを遮断する薬物による対症療法だけだった。もちろん、それに加えてカウンセリングや作業療法などもあるが、メイン治療は世界で200億ドルを超える売り上げがあるといわれている精神医療関係の薬物投与だった。

 

 「反精神医学」 D・クーパー著 野口昌也・橋本雅雄訳 岩崎学術出版社 1975年3月5日第3刷

 

 この論文は一九六七年に英国で出版されていて、主に一九五〇年代から六〇年代前半における英国の精神医学の研究書だった。従来の精神医学への批判の中で、これからの精神医療の歩むべき道を「反精神医学」と概念するものだった。ただ、この当時の精神医療は入院治療が基本で、精神病院では入院患者に対してロボトミーや電気ショックが日常的に施療されている時代だった。時代背景を知る上でも、少し長くなるが、著者の「要約」を引用しておく。

 

 「2つの病院において、20人の男子精神分裂病患者と22人の女子精神分裂病患者に対して、トランキライザーを減量した上で家族・環境併用治療を行なった。個人精神療法は行なわなかったし、またいわゆるショック療法もロボトミーも行なわなかった。そして、全患者が入院後1年以内に退院していった。平均在院期間は3カ月であった。退院後1年以内に再入院してきた者は17%であった。再入院してこなかった者のうち70%が、退院後まる1年間自分で生計を立てることができた。次に、われわれの結果について考察してみた。つまり、少なくとも、精神分裂病者とその家族に対して多くの精神科ユニットで用いられている治療戦略の根本的変革を促す一応の論拠が、確立されたように思われるのである。この変革は、英国の社会精神医学における最近の発達と一致したものである。」(本書182頁)

 

 本文にあげられたトランキライザーは、言うまでもなく「定型抗精神病薬」であって、現在多用されている「非定型抗精神病薬」以前に使用されていた。非定型抗精神病薬に比べ薬価がかなり安いのが特徴である。ならば非定型抗精神病薬は統合失調症に対して極めて有効か、患者に対して投薬の慢性化をきたしてはいないか、後日こうした状況を私はさらに進んで考えてみたい。

 それはさておき、この当時、上掲した<要約>にも書かれている通り、精神医学は、「狂気」の原因を自然科学の延長線上で人間を分析して追求した結果、電気ショック療法や脳の前頭葉部分の神経細胞を切断するロボトミーなどが開発されたのだろう。人体実験だった。精神分裂病者は正常な人間から転落した狂気の人間だから、実験によって廃人になっても致し方はない、そういう認識だったに違いない、極論すれば、そんな時代だったのだろうか。しかしまだ六〇年くらい前の話に過ぎないのだが。この論文の中で、精神分裂病者は家族や医者・その関連のスタッフによって、人間として「無効化」された存在だと、著者は厳しく指摘している。従って、この時代に関して言えば、精神分裂病者を非人間化し阻害している家族や医療スタッフがまず修正されなければならない、私はこの本を読んでいて著者のそんな切実な思いを覚えなくもなかった。

 精神医療の歴史のスバラシイひとコマを私は学ぶことが出来た。とりわけ、精神分裂病という烙印を押された人間の心が人間として癒されない限り、その患者を抱える家族や医療スタッフの心も決して癒されることはないのだ、こんな位置に立っている精神科医がいるのを発見して、私は感銘した。