芦屋芸術|同人誌・現代詩・小説

ガルシンの「赤い花」

 その昔、岩波文庫で読んだ記憶があり、家捜しした結果、度重なる引っ越しでどこかでサヨナラしてしまったのか、岩波文庫は行方不明だった。家捜ししたというのも、この度アルツィバーシェフの「サーニン」を読むためにネットで買った決定版ロシア文学全集第29巻に十代の時に読んだこの懐かしい作品が収録されていたのだった。

 

 「赤い花」 ガルシン作 中村融訳 日本ブック・クラブ発行 1973年3月20日七版

 

 周知の通り「赤い花」は、太宰治が強く惹かれた作家の代表作であり、精神病院に入院したある患者の精神の記録だった。彼は病院の庭に咲く三本の赤い罌粟の花が、地上のすべての悪の権化であると妄想して、身を賭してこの「赤い花」と闘うのだった。この花が消滅すれば地上から悪もまた消滅する、彼はそう信じて一睡もせず、監視人の目を盗んで、まず二本の花を潰して焼却した。最後の一本の赤い花も窓の鉄格子を曲げてコッソリ病室を抜けだし、それを手のひらに握りしめたまま安らかに他界した。ここにはスサマジイ妄想の極地が描かれていた。バカバカしくて滑稽でつい笑いたくなってしまう話ではあるが、しかしこの世の悪の消滅を自らの命を捨ててまでこいねがう余りにも純粋な妄想の故か、読後、心を打たれたのは私ひとりではあるまい。