芦屋芸術|同人誌・現代詩・小説

束芋「断面の世代」

010/09/10(金)、国立国際美術館。

9月になって知人のK子さんから入場券をもらったので、9月12日までの展覧会でもあり、ギリギリになって会場に足を運んだ。

入場するなり、真っ暗で、何も見えない、ただ、天井に映像が流れている。闇に眼が慣れないまま、フラフラ歩いていくと、係りの女性が「こちらでご覧下さい」と案内される。マットのようなものが床に敷いてある。その上にあおむけに寝転がって天井の映像を見つめる。こんなスタイルが束芋流なのか。闇に眼が慣れるに従って、まわりでもあちらこちらあおむけに寝転がってじっと天井の映像を見つめる人影がある。

天井の映像は集合住宅の断面で、その西側に雲が発生し、激しい風が断面に吹き付ける。すると断面内部のすべての部屋から徐々に家財道具が飛散して、ついに空虚な部屋の集積が残されている。だがおそらく東の方角から突風が吹いているのか、あるいは西側の雲が今度は激しく吸引するのか、すべての家財道具が東側から各部屋に再び吸い込まれていく、かつて存在したそれぞれの場所に。

断面内部の分散と再結合。この展覧会場の中ではあらゆる人体や物体が分解し、再結合するのである。たとえば右側が欠けた左半面だけの顔の右側にドアのノブがぶらさがって再結合する。

ただ僕が残念だなあと思ったのは、たとえば、人体の肺の部分からその肺と等身大の虫が這いずり出してくるのだが、人体の中から虫が発生するイメージは、もうすでにアメリカ映画のSFXやVFXあたりがかなりやらかした映像であると思うんです。人体がバラバラに分解して、果たしてそこから何が発生するのか、いったいいかなる形象が再結合するのか。束芋流の新しい映像を期待するのは僕ひとりだけではないと思うんです。