芦屋芸術|芸術誌・現代詩・小説

「芦屋芸術二十三号」が出来ました!

 「芦屋芸術二十三号」が出来ました。発行日は7月1日です。かなり早く出来ました。これは私の性格。仕事であれ家事であれ、何でも次から次へとやってしまう、物事は出来るだけ早く片付けてしまう、昔からの性癖。それはさておき、本号

芦屋ビーチクラブ その70

 連日雨が降っていた。きょうは中止になるかどうか、ネットで天気予報を調べてみた。芦屋は朝の七時か八時あたりから雨があがり曇りになっている。念のため準備をした。準備といっても、制服のTシャツを着て、軍手をポケットに入れるだ

亀、そしてキキョウが

 昨夜も遅くまで飲み歩いた。帰宅したのはきょうの未明、午前二時半過ぎ。長い間眠っていた。九時半近くになってやっと目覚めた。それでもいつもの手順通り家事を始める。  朝食づくり、花瓶の水替え、庭掃除、カラス夫婦スズメたちに

いったい 何が言いたいの?

だから もうワインなんて飲まないでください いいえ 決して そんなこと そんなこと ありません   じゃあ だったら どうなの ちょっと いいわけがましいけど   わかって 欲しい だって これを見て

詩誌「リヴィエール200・記念号」を読む。

 永井ますみさんから詩誌が送られてきた。    「リヴィエール200・記念号」 発行所/正岡洋夫 2025年5月15日発行    今号は200号記念として同人だけではなく、これまでに関係してきた人々も

無色の空地

 もうたくさんだ。こんなはずではなかった。これまでも大切なものが消えていったが、インク壜でさえどこかに行ってしまったのだろう、机上から消えていた。やむを得ず彼はつけペンのペン先をしょうゆ皿のしょうゆにつけて、いま、この文

カルデロンの「驚異の魔術師」を読む。

 何故か戯曲が読みたくなった。こんな作品を選んだ。    「驚異の魔術師 ほか一篇」 カルデロン・デ・ラ・バルカ著 佐竹謙一訳 平凡社 1997年4月15日初版第1刷    著者は十七世紀スペインのバ

芦屋ビーチクラブ その69

 昨夜。土曜日。スナックで飲みながら、あす、どうしようか、自問自答していた。結局、早く帰宅した。十一時前に。  そしてきょう、日曜日。午前八時前。芦屋浜へ向かった。自問自答の末、これが私の答えだった。つまり、宿題の答えは

亀、そしてサツキの終わりが近づいた。

 木曜日は夜遅くまで友達と飲み、帰宅したのは午前二時半。それでも七時半ごろ起きて家事をこなし、出社。どうしてもやらなければならない仕事があったので。だから金曜日は夜遊びを自粛。ずっと続いていた体調不良が回復したばかりだか

まぶたの裏側では

ねえ そっとしておいて その手をおろして いまは ダメなの 別れ話ね そうじゃない 真顔になって あたし 見つめて いやよ そんなうまいこと言って   ねえねえ 聞いて あなたは まだ あたしのこと 好きだって

結末不明

 最近何かがおかしいと彼は思うようになっていた。特段その何かが、いったい何であるか、執拗に追及する意志などさらさらないのではあるが。だから、とりあえず、何か、だけつぶやいて、それ以上の中身は棚上げにしていた。  それでも

死の音

 にょきにょき生えてきた。そんな話を昔子宮ガン末期の祖母から聞いた。あの頃は、まだ若かった。おばあちゃん、馬鹿な、鼻から信じなかった。いや、頭から否定した。祖母は十日後にこの世を去った。  しかしそれは事実だった。いやは

芦屋ビーチクラブ その68

 芦屋浜へ急いだ。ちょうど八時になっている。きょうは日曜日。浜の雑草を抜きゃなきゃ。浜に着いたのは八時七分。まあ、上出来だと思う、この体調を考えれば。  きのうは午前中どうしてもやらなければならない家事と亀の池の掃除を済

ごとく

おそらく 死が近づいているのだろう   彼女が 出て来る ひんぱんに   ちらちらしたり くるくるしたり 回るように   出て来る まるで それは 白骨体の舞踏会のごとく   そん

亀、そして体調不良。

 やはり体調不良だった。昨夜は県立芦屋高校時代の友人三人と阪神芦屋駅近辺の居酒屋で飲んだ。ひとりは東京から、ひとりは三宮から。そのあと、行きつけのスナックへ足を運びカラオケを楽しんだ。戦後昭和の唄。このスナックも昭和レト

後でね

多少 困惑気味で ボクは 黙って 見つめていました あなたは とても うれしそう 大きな目を見開いて じっと上目遣いで 首を傾げ 意味ありげに 見つめ   もう少しだけよ 待って   そして 右手を

深夜に浮かぶ画像

 一様に黄土色ではあるが、それぞれ、さまざまな濃淡があって、全面、繊維状に組み合わされている。どこまで行っても、それら、黒白に近い濃淡に繊維状に織り上げられた黄土色の画面が続いていた。あらゆる角度から映像され、時折、コメ

花火

まだ五月なのに 鼻火があがった   綺麗な 鼻火ですね   彼女がそう言ってくれた だから また   鼻火が出た 噴き出した   ボクのふたつの穴から

風車

くるくる回ります くるくる回ります いっしょに 脳天が くるくる回ります それは仕方ありません   脳天は 回るためにあります わかってください このくるくる   くるくる くり返し帰ってくるもの &

詩誌「ア・テンポ67」を読む。

 牧田榮子さんから詩誌が送られてきた。    「ア・テンポ67」 発行所/「ア・テンポ」の会 発行人/丸田礼子 編集人/牧田榮子・内田正美 2025年4月30日発行    十人の詩人がそれぞれ二篇、合

芦屋ビーチクラブ その67

 体調不良だった。原因はわかりきっている。やり過ぎ。私は「芦屋芸術」という個人誌を運営しているが、7月1日に発行する23号の編集・校正に先週、特に木曜日は会社を休み一日没頭していた。金曜日は会社に出勤したが午後からふたた

「別冊關學文藝第七十号」が届きました!

 本日、こんな本が届きました。    別冊關學文藝第七十号 編集人/浅田厚美 発行人/伊奈忠彦 2025年5月20日発行    この文芸誌は年二回発行されていて、今号は七十号記念号、356頁に上る分厚

亀と遊びと

 昨夜はいつものスナックで飲んで、十一時半に帰宅した。ここのところ、一週間くらい、体調不良。それでも夜、飲み歩く意志は固い。いずれ倒れるに違いないか。  今朝は六時半に起き、家事。カラス夫婦、スズメたちに朝ごはん。小雨パ

微細に破れてしまった

なかった 支えるものも 支えられるものも   砕け 散り 宙に 浮いていた ただ 昨夜の酒の記憶だけを残して   ふぁらふぁら 色もなく 音もなく 崩れて ごらん すっかり形も消えた

けれど それとも 五月雨

そこでは もう花が咲いているかもしれない ここでは まだ涙が咲いているけれど それとも 降っているのか     ⁂<追記>  ここまで書いて、つまり二行の文章と涙を流す花をノートにしたためた時、私の手

薄皮物体の話

 薄皮をむく、あるいは、はがす、そんな作業が執拗に続けられている。よく見ると、薄皮で覆われた物体は人体の形状はしていたが、男なのか女なのか、それさえ判明しなかった。顔ばかりではなかった、体全体が薄皮で覆われていた。だから

「芦屋芸術23号」を出版します!

 「芦屋芸術23号」の編集・校正が終わりました。内容は以下の通りです。   contents <招待作品> 絆 他二篇                                スミレ      5 入院総

亀と赤いミニバラ

 今週の木曜日、仕事を休んで自宅で「芦屋芸術23号」の編集・校正に没頭した。金曜日は午前中事務所で仕事。午後から編集を続行。夕方五時半から友人と阪神芦屋近辺の小料理屋で食事。生ビールを一杯の後、長野と山梨の白ワインのボト

最短小説 三篇

第一篇 死の対話   亡妻と旅行の計画をしていた。 洗面台の片隅に大きなゴキブリが死んでいた。     第二篇 裏側   山が消えていた 平野になっていた。裏側が見えた。 &nbs

綿菓子みたいに

悲しみが 重荷でなくなった トテモ軽くなった 綿菓子みたい   だって  悲しみもまた 生きる楽しみのひとつ   そうじゃないかしら 喜びだけが楽しみじゃない あなたを喪って   十一年 余

右だけの闇

傾いていた だから 右肩なのか 眉毛なのか 唇 それとも弓なりの三日月なのか   判然としなかった とにかく 少し柔らかそうだったけれど   わたくしは その上に 右手の人差指を置いてみた それでも 

コリアの「炎のなかの絵」を読む。

 こんな短編集を読んだ。私の二十歳頃に買った本だが。    「炎のなかの絵」 ジョン・コリア著 村上啓夫訳 早川書房「異色作家短編集第6巻」 昭和44年2月28日再販発行  この本には二十篇の短編小説が収められ

これは瞬間反射だろうか

灰色の空間に 大小さまざまな直方体が浮かんでいる 時たま見かける 小さな三角錐の物体 ちらほら ちらほらと   彼には浮かんでいることだけはわかっている だが 静止しているのか 移動しているのか ただ明滅してい

芦屋ビーチクラブ 番外編

 ボランティアってどういう意味か。ちょっとネットで調べてみたら、三原則があるらしい。自主性、社会性、無償性、この三つ。  今日は日曜日。朝の八時から九時まで芦屋浜の清掃作業をやっている芦屋ビーチクラブは、上の三原則を基礎

亀とサツキ

 昨夜はスナックを二軒はしごして、それぞれゆっくり座りもせず、そそくさと帰宅した。十一時半ごろだった。  今朝は六時半から家事を始めた。平日より三十分遅刻。気になっていることがあった。ツツジの花はしおれ、家の表側も裏側も

チョコレートの味

 正確に表現しようとすれば、こうだろうか。一辺一センチの立方体が十個棒状につながったチョコレートを彼は既に二個かじって食べてしまった。真正面にやはり頭が立方体をした白髪の初老の男が座っている。いや、あるいは立っているのか

たびたびとさまざま

恋の火は 二三か月続いて やがて鎮火した 燃えがらだけが残った 雨風に打たれて 崩れ 流れ去った 多少 心の底に まだ 焼け跡がこびりついてはいるが   もうかれこれ十一年になるか こんな火災が たびたび起こっ

アーネクライネ研究所

 私自身があの花の香りをかいでしまったためであろうか。記憶の断片しか残っていない。それは長い手紙が引き裂かれ、風に吹かれて、千切れた破片数十枚が手元に残されていて、それらをつなぎ合わせている作業に酷似していた。あちらこち

独身貴族

もうなにがなんだかわからなくなった 靴の中から財布が出てきた   そのうえ 赤いハイヒールだった

真昼

悲しみは書くことは出来ても 喜びを書くことは もう僕にはできないと思う 五月 花を見ても悲しく まして 失ってからこのかた 昨夜も ひとり酒 だが なぜ いま 歩いているのだろう この真昼に とりたてて あてはないけれど

芦屋ビーチクラブ その66

 先週はぺラゴス神戸という文章の会が日曜日の午前中にあってそれに参加するため、こちらの方は休んだ。きょうはこちらの方へ、こちらというのはもちろん芦屋浜のことだが、向かった。  やはり私のやる仕事といえば、毎回同様、芦屋浜

亀、春の陽気の中を。

 昨夜は従来になく早く帰宅した。午後十時半。別に飲み疲れたわけではなかった。多少夜遊びに飽きたのか。まだ春だけれど。  きょう六時半に起きて家事を済ませ、庭掃除をしている間にいつも集まって来るカラス夫婦、スズメたち、おそ

デ・ラ・メアの「死者の誘い」を読む。

 こんな長編の幻想小説を読んだ。    「死者の誘い」 W・デ・ラ・メア著 田中西二郎訳 創元推理文庫 1984年7月20日初版    著者はイギリスの幻想怪奇小説家。詩人。児童文学作家。日本では西条

みっつ

 しじまがあった。こんな言葉が口をついて出できた。未明。二時を過ぎたところだった。ベッドに仰向きに横たわって、まだ、瞳は閉ざされていた。けれど、はっきり、しじまがあった。この一節が鎖されたマブタに浮かんでいた。  音はな

心はジャングル

悲しいままでいい そうじゃないか 愛した人を喪って 余計なこと 考えないで 悲しいままでいいじゃないか   ちょっと 待て それがそうじゃなかったんだ 悲しい時もあったし うれしい時もあったし 酒がうまいし カ

昔の記憶

 葉書が出てきた。海と円錐形に突き出た島が描いてあった。黒い太い線。墨汁で描いたのだろうか。なぜかこの島には、ずいぶん昔、訪れた記憶があった。  脳裏に島内の風景の映像が走った。白い小さい浜辺。オリーブの林。青空に浮かぶ