芦屋芸術|同人誌・現代詩・小説

満月の方角

 鴉の仮面をつけた忍者が、 満月を浴びて黒光りしている屋根瓦の上を滑っていく。その後ろから白装束の天狗が、水に濡らした白足袋をはいてひたひた迫ってくる。一瞬、忍者の顔はクルリと背面へ百八十度ねじれた。天狗に向き合った鴉の仮面の口には竹筒がくわえられている。天狗が迫るたび、竹筒から驟雨のごとく吹き矢が襲いかかるのだ。莞爾として鉄杖にてそれを叩き落とした天狗は、つっと忍者へ迫らんとする。突然、二体の影が宙に舞い、上天へ飛んだ。屋根瓦の涯。満月の方角へ。

 既に彼等の姿も消息も絶えてしまった。ただ、月光をいちめんに浴びた屋根瓦の上に、忍者の足跡は紅く、天狗の足跡は蒼白に、ときには交互、あるいはまだら模様に、ひっそり残されている。