芦屋芸術|芸術誌・現代詩・小説

水鳥のままで

 余程のことがない限り、毎日お昼ごろ、私は散歩に出かけている。だいたい同じ場所を歩いている。芦屋浜を歩きながら海を見つめ、公園から六甲山を仰ぎ、さまざまな思いが去来するのにまかせて歩いている。時折、キャナルパークへも足を延ばす。その遊歩道も亡妻悦子や亡犬ジャックと三人でよく歩いたのだった。

 気のおもむくまま、芦屋浜から公園の最北端の道へ回り、きょうは、なぜか、いつの間にか、キャナルパークの遊歩道を歩いていた。

 

 このままでいい

 えっちゃんの愛を喪った姿のままで

 芦屋川で遊ぶあの水鳥が

 水鳥のままでいるように

 

 

*写真は、潮風大橋の最南端から仰いだ六甲山。