芦屋芸術|同人誌・現代詩・小説

暮らしの糧

 奥では、例えば石も馬も草も指も鴉も女も、すなわちこの世に存在するすべてをたたみ重ねて、保存している。どうやら長い時間をかけて熟成し、ドロドロに溶けあって、さまざまに変形しているではないか。奇妙な仮面、時には蜥蜴状に引き攣る顔面かと思えば、河馬型に膨らんで笑っている。曲がった猿の肩だけがしんなりして宙に浮かんでいる。シャキシャキした音が聞こえてくると、突然、どこか見覚えのあるソーセージがニョッキリ突き出している。もちろん、これらの珍妙な現象は、先に述べた状況、つまり、すべての存在を長時間たたみ重ねて熟成した結果発生する、不可思議な形状であり音響であり、また意味不明の波動や動態でもあって、奥で発生する特異な物語である。

 確かに、ご覧の通り、奥はグヂャグヂャしていた。ドロリンとした緑色の細い糸状液体の筋が無数に降っていて、右足が濡れていた。そうではあるが、しかし、全身にもうタマラナイ快感が走った。とても我慢できず、彼は奥の間で疾駆するのだった。どうどう、どうどう、叫び声をあげて。彼の意識は常に直線状に走り続けているのだが、上から眺めれば、回転運動をしているのだった、せいぜい直径二十センチの円上を。

 かくのごとく、奥は恐ろしいところだ。不安。恐怖。狂気へ転落する言いがたい快感。ホラご覧。あらゆる存在が痙攣している。キリキリしたりピクピクしたりネッチャリ、クッチャリ。何と表現すればよろしかろう。痙攣して分裂、分解、混乱したさまざまなカケラが奥の間の襖を倒して我勝ちに廊下へ出て来た。

 彼は終日、奥から出て来るカケラを収集し、繋ぎ合わせて組み立てて復元する悲劇を日々の暮らしの糧にしている。