芦屋芸術|同人誌・現代詩・小説

貴公子の一夜

 

 四月の貴公子がかぼちゃ造りの馬車に乗ると、ナノハナの編上靴を履いたフォークとナイフの馭者たちはツツジの鞭を振りかざし、数えきれないモンシロチョウは馬車をヒラヒラ引きずりながら、春の向こうへ、季節の彼方へ。

 

 かぼちゃの小窓を開ければ、もうすぐそこにお城が見えてくる。お城はダイヤモンドかお菓子か、それとも倒れた香水瓶である。香水瓶の出入り口からすすり泣くようなワルツのにおいが漂ってくる。そのワルツに合唱するのは、飲み干された百万本のワインの空き瓶。陽気そうに立ったり座ったり転げまわったり、笑いさざめいている。

 

 数知れぬ門番たちも駆け寄ってきた。よく見ればひとりの番兵の胴体はヒラメで、手と足はワカメ、その上にタコのクンセイの頭がチョッコリ乗っている。ひとりの番兵の頭はダチョウの卵で、ヒジキの頭髪はキレイにくしけずられていて、クチビルを紅で化粧している。さらにひとりは、鱶の胴体にニワトリの首から上がくっついていて、体いちめんシダやコケで覆われている。その他にも、キンセンカの体でサフサフした番兵、ワライタケの不敵な番兵、ムンムンした厚化粧の番兵、ノッペリしたり、イライラしたり、ムラムラする奴ら。コリコリ頭髪をむしる奴、パリパリせんべいみたいに割れる奴。シダ・シダ・シダ・シダになってふざけてみたり。ピチョリピチョリとして。ニョロリ。ピタピタピタ。パッチン。ポッチン。チトチト。チト。チトチトチト。その他。その他……番兵たちの背後には湿地がジメジメ続いている……その先の中庭で出迎えるのは可愛らしいお小姓の一行。けれど童子めかして作られたその顔も、一皮むけばスズメバチ。愛くるしく合唱しているのは、きらびやかな小姓たちの衣装の背中あたりから突き出ている幾千の翅の音楽。

 

 さっそうと四月の貴公子はかぼちゃの馬車から降りたって、お城の廊下を歩んでいく。あとからスズメバチのお小姓がいっぱいユラユラ飛び跳ねながら連なってゆく。廊下は緑色の海綿動物が敷き詰められていてグニャグニャ・グチャグチャ竒音を立てている。仮面舞踏会場から廊下にまでワルツの合奏と合唱が雪崩れこんで、四月の貴公子を熱烈歓迎している。……

 

 あの人は薔薇に近づいてゆく人です

 ひっそり首だけ近づいてゆく人です

 なにもかもが終わってしまう 今夜

 ほころぶつぼみにこころを盗まれて

 

 花ひらけ 花ひらけ 痴れ笑いして 

 いつまでも フラフラ くちずさみ

 たそがれの窓辺から 薔薇の中庭へ

 てのひらにはみずさしのようなもの

 

 首にはアヤメ模様のネクタイをしめ

 指にうす紅色のマニキュアをぬって

 ためらいがちにいま あの人の首は

 花ひらいた薔薇へ うつぶいてゆく