芦屋芸術|同人誌・現代詩・小説

夢と粉末

 氷の地区はやはり実在していた。

 この実在について私はもうこれ以上あなたがたと議論はすまい。確かに彼等は粉末を常用している。その結果、彼等の体温は著しい低下をまねき、既に氷点下に達している。事実、外気と触れ合った彼等の表面からアイスキャンディー状の液体がしたたり落ちている。最近、繁華街で上部に歯型の付いた棒状の生命体がおおぜい歩いているのもあながち偶然ではあるまい。この地区の住民はほとんど五分おきに粉末を服用している、そんな報告さえ私の研究室には届いている。また、突然死した棒状生命体の解剖から、このように結論されるに至った。この粉末を毎日二百八十八回、この数値は六十分掛ける二十四時間割る五分、この数式から解が導かれたのであるが、三か月継続するだけで標準体の患者ではまず血液が凍り始め、徐々に脳から鼻腔・食道を落下、直腸・肛門、果ては足の親指まで氷が詰まっていた。言うまでもなく外気と接する棒状生命体の表面から糖が混じった甘い水がしたたり落ちていた。彼等はお互いをなめあい、しゃぶりあい、ついに一本の棒状物質へと転化した。

 ここから予測されるのは、近い将来、この生活圏では無数の棒化した人体の残骸が山積みになっているであろう。ここに至って、私はこれまでの研究成果を述べる時が来たと思う。私がこの地区で最初に出会った彼について語ることが、同時にすべての住民について語ることなのだと。

 彼の血管には夥しい氷の粒が流れていた。それは体内を幾度も循環し、増殖過程をたどっていた。脳から鼻腔・食道が凍り付き、ついに肛門に至るまで……これ以上、私は語るまい。体温が急激に低下した時、必然的に彼の肉体の機能は停止したことを。

 彼は脳が凍り付いたのを自覚した一瞬、ただ独りひっそり泣いていたのかも知れない。彼の閉ざされた氷の瞼から、頬を伝って顎の下まで、ふたすじのツララが垂れ下がっていた。だがしかし亀裂が内部からやって来た。彼の硬直した全身の皮膚に無数のヒビが走り……かつて愛用したあの粉末のごとく今度は氷の粉末となって、膝を折り、粉々に砕け散った。完全に消滅した。そこにはもはや、棒状物体さえ残されてはいなかった。……

 もう誰が笑ったっていい。何を告げ口されたっていい。今こそ私はあなたがたに向かって率直に問わねばならぬ。ただひとつのこの問い! そうだ。ではなぜ、いったいどういうわけで、粉末が氷なのかと。