終日 死のうと思いつめたら
茶碗まで生物に見えてくる
雨夜がある
香木を握りしめる男の雨夜がある
香木を握りしめる男の腰のあたりに
おびただしい蟹が泡をふいている
香木を握りしめる男の辞書は
いつも「嘆き」ばかりを引用して虚しくふさがれる
たましいはスレートのほうへふらふらなぞりゆき
たよりもなげに雨粒といっしょに
妹の厚化粧なてのひらのうえに
落ちていた……
落ちる
からだは ベランダへ落ちてゆく 愛欲の蟹の転落音 過去のあの交わりの音
香木を握りしめる男は 香木を握りしめたまま
妄想とその腐欄のいやはてまで
まっしぐらに
落ちてゆく
不健全なまでに透明な嘆きが
彼を光明へつらねてゆく