芦屋芸術|同人誌・現代詩・小説

香木を握りしめる男

                           終日 死のうと思いつめたら

                           茶碗まで生物に見えてくる

 

 

雨夜がある

香木を握りしめる男の雨夜がある

 

香木を握りしめる男の腰のあたりに

おびただしい蟹が泡をふいている

 

香木を握りしめる男の辞書は

いつも「嘆き」ばかりを引用して虚しくふさがれる

 

たましいはスレートのほうへふらふらなぞりゆき

たよりもなげに雨粒といっしょに

 

妹の厚化粧なてのひらのうえに

落ちていた……

 

落ちる

からだは ベランダへ落ちてゆく 愛欲の蟹の転落音 過去のあの交わりの音

 

香木を握りしめる男は 香木を握りしめたまま

妄想とその腐欄のいやはてまで

 

まっしぐらに

落ちてゆく

 

不健全なまでに透明な嘆きが

彼を光明へつらねてゆく