芦屋芸術|同人誌・現代詩・小説

眼鏡

悲しいメガネのお話をしましょう。

それはどんな願いごとでもかなえてくれる不思議なメガネでした。

「戦前はよかった、しかし戦後になって日本人のいいところはすべて消えてしまった、まったくダメな人間になりさがってしまった。ああボクは、戦前のいい日本人、ほんとうの日本人に帰りたい!」、いつもこんなふうに思いつめている男が、ある夜、バーのカウンターの片隅に三日前から行方不明になった男が置き忘れたあのメガネを偶然手にし、何気なくかけてみました。

彼は特別攻撃隊員になって、上官の前で直立不動の姿勢で敬礼していました。背後の飛行場には薄暗にうずくまった戦闘機が。
「石部一等兵、ただいまから行ってまいります!」、そんな悲壮感漂う声が風にちぎれてあかつきの空に流れ、南方へ消えていきました。

彼は海のもくずになりました。