芦屋芸術|同人誌・現代詩・小説

井上光晴の「地の群れ」

 ワイフを喪ってからおおよそ五年間、ボクはテレビをまったく見ていない。もともとボクはテレビッ子ではなかった。ワイフが存命中の時でもせいぜいニュースを少し見る程度。そのうえ、今はネットがあるので見たいニュースだけクリックすればいい。アナクロ人間だと言われそうだが、インドアでは、ボクは紙の本の読書が好きだ。

 

 「地の群れ」 井上光晴著 河出文庫 1992年8月4日初版

  (1963年9月、単行本で刊行された本の文庫化)

 

 この本は、暗い感動をあたえる物語である。言うまでもなく、人間は何も楽しいもの、軽快なものばかりを好む生命体ではない。重いもの、暗いもの、とことん絶望的なものに触れて、感動する生物でもある。この本は、後者の心の暗い世界、心の荒廃した生活を表現する。

 おそらくこの作品が発表された一九六〇年代初頭の暗い世相を反映している面もあるのだろう。特にこの本は、長崎の原爆に被爆したが生き残った人々の原爆症の問題、その同じ長崎で生活する被差別部落の人々の問題、朝鮮人部落の問題、炭鉱労働者の問題、戦後の日本共産党の問題、現在でいう老人の認知症の問題、こうした問題を背負ったさまざまな登場人物が織りなす暗黒の絵巻である。そして、登場人物はすべて、何の救いの道も発見出来ず、荒廃したままで、物語は終わる。ということは、同時にまた、一切の差別がこの世から消滅しない限り、この「地の群れ」の物語は終わらない、そう言っていい。