芦屋芸術|同人誌・現代詩・小説

記憶の果てで

 犬だと聞いているが、犬種はわからなかった。搬入しなければならならなかったが、一匹ではなく、十匹か、それとも数十匹いるのか、それさえわからなった。じゃあいったい何がわかっているのだ、そう詰問されたなら、答えに窮してしまう。それはさておき、話を先に進めよう。

 獰猛な大型犬だ、そんな噂だった。彼等を収容するのに十トンのコンテナ車で間に合うだろうか。トラックの手配もそうだが、そのうえ、搬入先がどういう状況なのか、それさえ不明のままで、しかし、搬入作業の指示だけが出されたのだった。

 大型コンテナ車に自動車保険が付帯されていないらしい。何という不手際だろう。だったら、事故が発生すれば大問題じゃないか、莫大な負債を抱えて破産するのがオチだ。こんなずさんな状況はただちに解決しなければならない。だが、搬入作業はもう数時間後に迫っている。あわてるな。こんな時こそ、落ち着け。

 自動車保険の加入を最優先しなければならない。懸命になって保険会社やその代理店の名簿を調べてはいたが、そこからだんだん記憶があやしくなっていく。しばらくボンヤリしてしまった。人影なのか、黒い水滴なのか、チラチラうごめいているのは確かなようだった。そう思っていると、いきなり全体を覆っていた灰色と薄墨色が漂う景色が破れて、豪邸が立っている。ずいぶん荒れ果てていた。縁側から見える室内で箪笥が横倒しになっている。だったらあの豪邸だろうか。この辺りが搬入先だろうか。もう七十年ほど昔、どこかで見た覚えがある気持ちがしないでもない。彼はなぜか地面にうつぶせになって、砂に頬を寄せていた。このまますべてが終わってくれるのか、それともまだ先に途轍もない状況がやって来るのか、いったいなぜ俺は砂に頬を寄せなければならなかったのだろうか。

 確かに搬入作業は既に始まっている様子だった。騒音がそこまでやってくる気配がしていた。けれども、先程からずっと地面にうつぶせになって、砂に頬を寄せてまま、彼は夜明けに向かっていた。搬入作業は忘却された。