昨夜はある女友達と阪神芦屋駅付近のイタリアレストランで食事。九時ごろ、歩いて一分余りか、二人でいつものスナックへ。
金曜日の夜。顔なじみの客でにぎわっている。レストランで赤ワインのボトル一本、生ビール何杯も彼女と飲んで。その体にスナックでウイスキーの水割りを流し込み、このお店だけでいつも吸っているタバコをスパスパ。
ひとりで二三曲歌った。だが、何故か少し酔っ払っていた。ゴキゲン。女好きの私は、つい、四人の女性と色とりどりのデュエット。「男と女のラブゲーム」、「時の流れに身をまかせ」、「東京ナイトクラブ」、「赤いグラス」。ここまでは今でも薄ボンヤリ残っている。
けさは、七時半ごろ起きて家事。
気になっていた家の裏の歩道側に塀代わりに並んだサツキ。以前、しぼんだ花だけ取り除いて綺麗にしたが、かなり前から残った花も枯れてしまった。しぼんで濁った茶色の花びらいっぱい。
庭掃除の後、裏に回って、濁った茶色をみんな摘み取った。
茶色を摘み取りながら、ふとこんな思いが浮かんできた。しぼんだツツジやサツキを摘み取る人もいるし、摘み取らない人もいる。人それぞれ。自分の美意識に動かされて行動している。美意識って、生まれながらに持って出てきて、そのあと、さまざまな状況の中で育っていくのだろう。例えば、私は幼少のころ、父が道路の溝のゴミ掃除をしていた後ろ姿を今でも鮮明に憶えている。あの当時は下水道なんてなく、溝が掘られてそこを下水が流れていた。町内を区画割するようにそれが流れていた。父は日曜日がやって来ると、家の前だけではなく、ずいぶん遠くまで溝のゴミ掃除をしていた。その姿が心の底に転写され刻み込まれているのを、私は覚えなくもなかった。
別に枯れたサツキの花を摘む必要もないのに、なぜか私の場合、摘まずにいられなかった。
それじゃあ、大半の出来事は、やらずにいられないから、やっているのだろうか。
少なくとも私の場合、結局、やらずにいられないから、だからやってるんだ。だって、毎日、ウェブに投稿する作品だって、書かずにいられないから、まるで苦行僧の如く書き続けてしまうのだった。まるでお馬鹿さん。
十一時ごろ、亀の池の掃除を始めた。この作業も、土曜日の午前中、やらずにおれないから、やっているんだろう。もちろん、亀への深い愛情に動かされて。だったら、美意識や愛情は私を動かす原動力なのかしらん。

我が家の門前にやって来たカラス。毎日、ご飯を食べにやって来る。一人で。あるいはご夫婦と。

スズメの食卓の下を歩く亀。ご飯をあげたのでスズメが食卓に集合し始めたところ。
*トップの写真は、ウッドデッキの下へもぐりこもうとする亀の後ろ姿。