芦屋芸術|芸術誌・現代詩・小説

スナックに浮かぶ満月

 その夜は星ひとつない空が墨で塗り固められていた。スナックのドアを開けると二人の足もとが闇から浮かび上がつた。客はいなかった。ベージュのソファーに腰を下ろして。

 

Ⅿ郎 君とはこんな四角い間柄ではなかったと思う。もっと丸かったと思う。いや、ボクはきっといつも満月を見ていたんだ。わかってくれ。Sという満月。こんな真っ暗な墨に沈んだ世の中で、君だけが光る満月だった。

 

S美 そうよ。わたし、最近、といってもう六年くらいになるのか、肥満したからダイエットしなければ。すっかり体形が変わってしまって。みんなから、満月ちゃんって、からかわれてしまって、悲しい……

 

 確かに、夜空や世の中だけではなかった。心の中まで墨で塗り固められていた。ただひとつ、スナックに光るS満月を浮かべて。