芦屋芸術|芸術誌・現代詩・小説

亀、分裂、愛。

 結合していた物質が進化の果て、分裂して孤独な存在へ向かっていったのではないか。だから、ふたたび結びあうこと、つまり、愛が、激しい愛が発生したのではないだろうか。

 けれど、誤解しないで欲しい。愛といっても、さまざまな愛が。地獄を愛する愛まであるんであって。愛の地獄的結合。

 

 昨夜もスナックでかなり飲んでしまった。カラオケにも、つい、マイクにも手が行ってしまって。好きな桂銀淑は五曲。「イエスと<答えて>」、「ソファーにパジャマを座らせて」、「ベサメムーチョ」、「アモーレ」、「悲しみの訪問者」。後はテレサテンの「愛人」。秋元順子の「愛のままで」。私は女が好きだから、女性歌手の歌ばっかり。

 金曜日の夜、少し混みあって、騒がしくて、楽しいひととき。帰宅したのは午前零時。

 

 余程疲れていたのだろう。目覚めると八時過ぎ。深い眠りに墜ちていた。

 

 冒頭に物質がどうのこうの、孤独が、愛が、そんな妄言を連ねたが、酔いの冷めた頭に流れる妄奏曲だった。土曜日恒例の亀の池の掃除をしながら、脳内にそんな言葉があふれていた。進化の果て、物質が分裂して孤独になった生命体は、激しく愛を求めるのだろう。そんな主題をいつまでも変奏していたのだった。

 それならば、結局、私はいま孤独なのだろう、十二年前に彼女の愛を喪ったから。こんな終曲がやって来た。

 

*写真は、池の掃除をしている間、じっと私に寄りそっている亀。これを人は愛と呼ぶのだろうか。