芦屋芸術|同人誌・現代詩・小説

犯人

 誰が仕組んだ罠か。思い当たる筋をたずねてみた。あらゆる可能性のある道筋をたどってみるのだった。

 こちらの細道から行けば、崖から転落する。だから、これではなかった。それじゃあ、この道だろうか。この道だと、国道四十三号線に出る。しかし、あの日の夜の八時までに到着できるだろうか。それは不可能ではないか。だめだ。別ルートを探るべきだ。

 彼は地図を広げてみた。すべてのルートを右手の人差指でなぞり続けた。最短の道は南回りの市道だった。そこから左折しておおよそ三十キロの海岸通りを突っ走り、海洋町の交差点を左折すると八キロ程度で四十三号線に出る。あとは十数キロの直線道路をぶっ飛ばして行けばいいのだが。それでもこの道筋を三十分で到着するのは不可能だ、そう断言せざるを得なかった。

 言うまでもなく、彼は自分がこの事件の犯人だと確信していた。けれども、いくら道筋をたどっても、あの日の夜八時、あの事件の現場に到着することは彼には不可能だった。信じてください。わたしがやりました。地図帳を閉じて、彼はつぶやいた。

 未明の取調室。椅子の右側に立っていた検事は顔を落としてじっと彼を見つめ、既に憐れみさえ覚え始めていた。もういい、君は家に帰りたまえ。検事の声が静寂を破った。だがしかし、彼は不可能を超越する道筋を脳裡に描いているのだった。俺は空中飛行をしたに違いなかった、あの現場へ。反対運動と機動隊が衝突して数十人の死傷者まで出た事件。ある事情があって公にはならず、マスコミも沈黙し、事件は闇に葬られた。彼は心の中で叫んだ。彼女が真犯人ではない! 俺が空間を超越したのだ。空間を超越して現場に登場し、暴徒に武器を渡したのだ。首謀者は俺だ!……彼は自分の両膝を見つめながら、静かに、だが確信をもってこう語った。

 検事さん、わたしが犯人です。

 わかった。おまえが犯人だ。