芦屋芸術|同人誌・現代詩・小説

ガラスの滝

 危ない集合住宅に住んでいた。とんでもない話だった。すべてはガラス製品だった。透明だった。

 テーブルも椅子も透明ガラスだった。腰を掛けるのがためらわれた。割れたり折れたりするのじゃないか、とても不安だった。また、床から階下の部屋が薄ぼんやりと窺うことが出来た。ということは、階下から我が家を窺うことが出来るはずだった。現に、我が家から階上の家も、そればかりか、顔を壁に押し付けて目を凝らせば両隣の家もかなり鮮明に覗くことが出来た。

 そうはいっても、我が家で立ちんぼを続けるわけにはいかない。くつろぎたかった。思い切って椅子に腰を下ろし、テーブルに両肘をついて辺りを見回した。ほとんど透明な世界で生きている気持がした。ただ窓外は緑色のガラスの樹林がずっと連なっていて、その果ての空は青ガラスで出来ていた。円形の赤ガラスの太陽が浮かんでいる。

 驚いたことにテーブルのガラスに映った私の体、顔も肩も頭髪でさえ透明ガラスだった。もちろん手のひらも指も。あわてて両手をテーブルに押しつけて立ち上がったはずみに、指が折れた。十本の指が折れ、両肩が割れてはずれて床に落ちた。首が転がって目鼻がはずれて飛び散る寸前、バキャ! そんな轟音がした。部屋が破砕し、ガラスの滝になって、崩れ去るのがわかった。