芦屋芸術|同人誌・現代詩・小説

小さな傷を書いてしまった。

 二日前に出来上がって我が家へ到着した本「恋愛詩篇 えっちゃんの夏」を一通り読んでみて気付いたことがある。156頁第二連四行目の「ここまま」は「このまま」で、「の」を「こ」と間違ってワードに打ち込んでいる。しかし、このミスはすべて私の責任だった。文章を書き、それをワードに打ち込み、編集・校正を経てPDFに変換して、印刷・製本を従来通りコーシン出版に依頼している。従って、印刷へ回るまでは、私の眼だけがすべてだった。

 何故この連の文章にこんな初歩的なミスを犯したのか。その原因も私にはわかっている。もともとこの作品はあれこれ書き続けて四百字詰め原稿用紙で千枚を超える文章を削りながら三百枚足らずで最終的には完成した。元の原稿の中では、私の兄や長男・祖母、実父母・義父母など、家族の姿を織り込もうとして苦心惨憺した。だが、最後にその苦心惨憺を削ってしまった。私はこの作品を「恋愛詩篇」として、主人公の「ボク」と「えっちゃん」の愛の物語に集中して書くことにしたのだった。

 確かに、「ボク」と「えっちゃん」は世に言う夫婦でありながら、四十三年間、同じ屋根の下で愛しあって暮らしたのだった。毎日、恋人同士だった。この愛と、「えっちゃん」を喪った「ボク」の愛別離苦に集中し、余分な文章を切り捨てた。

 特にこの間違いをした連は、作品完成間際に「えっちゃん」の母の物語のすべてを削除してわずかな文字で表現したため、無理があったのだろう。入力ミスだけではなく、全体の中で、この連の文章はもっともイタダケナイ代物になっている。

 この連の文章を見つめて、私はこの作品がイヤになってしまった。眠っていても、未明、入力ミスした文字が脳裏に浮かんでいた。他人から見れば小さな傷だが、私の心には大きな傷を残してしまった。

 

*写真は、「恋愛詩篇 えっちゃんの夏」の扉絵。画題は「桔梗」。清位裕美作