芦屋芸術|同人誌・現代詩・小説

ギリシア悲劇全集第2巻 ソポクレス篇

 ギリシアの民主政治は周知のように、奴隷制の上に成立するそれだった。ソポクレスの悲劇「トラキスの女たち」に登場するヘラクレスも戦争により他国を収奪し、敗戦国の人々を奴隷にして、女奴隷の中から気にいった女を妻にするのだった、もちろん、前妻を捨てるか、多妻かだったろう。ヘラクレスの場合、女奴隷イオレを新しい妻にしようとして、現在の妻デイアネイラに結果的には殺害される。「結果的には」と書いたが、それから先は「トラキスの女たち」を一読していただきたい。いずれにしても、現代人の経済的利益をほとんど絶対視する思想・心情は、既に古代ギリシアで確立されている。。

  ギリシア悲劇全集第2巻ソポクレス篇(昭和45年1月10日重版、人文書院)

  しかし同時にまた、民衆から収奪を続ける主導者、つまり時の権力者集団に、デッケ(正義)の女神とエリニュス(復讐)の女神がコインの裏表のように現れて、神をも恐れぬ傲慢な権力者集団を絶対否定する世界が出現する、権力者とその血族・一党のさながら運命のごとく繰り広げられるおぞましい復讐劇、殺人劇。

 ソポクレスの悲劇がほとんど完成された形で遺されているのは、わずか7篇である。その中には文学が好きな人なら少なくとも一度は読んだであろう「オイディプス王」が含まれている。ポイボスの予言の通り、みずから知らずして父親を殺し、母親と婚姻し、母親は我が子オイディプスの子供を産む。その真実を知ったオイディプスは、母親が身を飾っていた黄金の留針を着物から引き抜いて、高くかざし、われとわが目の奥底深く突き刺す。なお、オイディプスの後日談は「コロノスのオイディプス」に詳しい。その中から、次のようなコロスの合唱を引用してみたい。特に長寿や延命がそれだけで価値があると思っている人には必読であろう。

 

 ほどよい年では飽き足らず、

 もっと長い命を望む人は、

 わたしの目には、

 明らかに愚か者だ。

 長い日は多くのことを喜びよりも苦しみに近づけ、

 長生きをしすぎた者には、

 楽しみはどこにも見当たらない。

 救いの主はすべての者に最後には等しく現われる、

 ハデスの運命が、結婚のことほぎの歌もなく、

 竪琴の楽も、踊りも伴わずに、現われる時、

 そうだ、最後には死だ。

 

 この世に生を享けないのが、

 すべてにまして、いちばんよいこと、

 生まれたからには、来たところ、

 そこへ速かに赴くのが、次にいちばんよいことだ。

 青春が軽薄な愚考とともに過ぎ去れば、

 どんな苦の鞭をまぬかれえようぞ。

 どんな苦悩が襲わないでいようぞ。

 嫉妬、内紛、争い、合戦、

 殺人。かの憎むべき、力なき、無慈悲な、

 友なき老年がついに彼を

 自分のものとし、禍いの中のあるとしある

 禍いが彼に宿る。 (「コロノスのオイディプス」357頁)