芦屋芸術|同人誌・現代詩・小説

ヴェデキントのルル二部作「地霊・パンドラの箱」

 7月10日のブログに読書感想文を書いた「春のめざめ」は、性に目覚めた良家の少年少女たちが家庭や社会(学校)の道徳や規則などの制度=抑圧から自らを解放せんとして、十四歳のメルヒオルとヴェンドラが性交したり、高等普通学校で進級できずモリッツはそれを苦に自殺したり、あるいは妊娠したヴェンドラは小母シュミッチンの堕胎剤で殺されたり、すさまじい劇が演じられたのだった。そうした展開の中で、感化院に監禁されたメルヒオルは脱走し、新しい生活のスタートラインに立つ。彼は自殺したモリッツの亡霊にこう語った。

 

 「そうして僕が白髪の老人になったら、その時僕は生きてる誰よりも君を近しく感じられるだろうと思うよ」(「春のめざめ」野上豊一郎訳、岩波文庫、125頁)

 

 この「性の解放」の物語は、その後、どのような進展を見せたのだろうか?

 

 ルル二部作「地霊・パンドラの箱」 ヴェデキント作 岩淵達治訳 岩波文庫 2017年4月14日第6刷発行

 

 ヴェデキントは一八九〇年に「春のめざめ」を書いた後、一八九六年に「地霊」、その続編の「パンドラの箱」は一九〇四年に完成している。

 さて、「地霊」ではルルという女性をめぐって三人の男が死んでいくのだが、最初の男はショックによる突然死、二人目の画家はカミソリで自殺、三人目の男、シェーン博士という男はルルに銃殺される。このシェーン博士はルルを十二歳からいわば美の偶像として育てあげ、第一の男も第二の男も彼の引き合わせでルルと結婚し、無惨な状況の中でこの世を去って行く。挙げ句の果て、自ら育てた美の偶像に育ての親シェーン博士自身が結婚後、銃殺されるというグロテスクな悲劇だった。

 その続編の「パンドラの箱」では、逮捕されたルルが警察の手から巧みに脱走し、彼女が銃殺したシェーン博士の遺産の相続人、彼の息子アルヴァを伴って、ドイツからパリ、ロンドンへと逃走する。最期の地、ロンドンの安宿で無一文になったルルは売春婦になって客を呼び込むのだが、その客の一人にアルヴァは棍棒で撲殺され、ルルは、最後の客、ロンドン中を震え上がらせた殺人鬼、切り裂きジャックにナイフで刺し殺される。

 余談になるが、ヴェデキントは役者として、「地霊」ではシェーン博士を演じ自ら創造した美の偶像ルルに銃殺され、「パンドラの箱」では切り裂きジャックを演じて自ら創造した美の偶像ルルを刺殺し、破壊する。主な登場人物はすべて死んだ。ルル二部作「地霊・パンドラの箱」は支離滅裂の末、偶像ルルをヴェデキント自身の手で破壊した。世紀末の「美の黄昏」がやって来たのだった。

 トロツキーは「作家フランク・ヴェデキント論」の中でこのように簡潔に表現する。

 

 「人を小馬鹿にした騒がしいニヒリズム、社会的理想の運命に対する無信仰は、避けがたい力で彼らをエロチシズムを通って神秘主義へといざなう。つまり、もし集団的人間として、ここ、地上における自分の生活に意義を見いだす望みがなければ、個人的人間として天上にのみ意義を探し求めることになるのだ。」(「文学と革命 第Ⅱ部」内村剛介訳、現代思潮社1969年5月15日第1版188頁)