近頃、いっしょに食事をしたり、スナックでカラオケを楽しんだりする歌姫と、昨夜も遊んだ。初めての日本料理のお店に入ってみたが、ステキだった。盛り付けも美しく、器も吟味されていて、眺めているだけでも味わい深いものがあった。
そのあと、やはりスナックでカラオケを楽しみ、帰宅したのは、きょう、午前零時過ぎ。よく飲んだものだ。確かによく飲んだけれど、酒量に関して言えば、いつも通り、いつも同じ展開だったが。相変わらず、歌姫の酒量にも恐ろしいものを感じられるのだが。そして相変わらず、おたがい上機嫌な酔っ払いだったが。
六時半ごろ起きて、家事や庭掃除。特筆すべきことは、庭の雑草の目につくところを綺麗にしたこと、また、室内の観葉植物の水やりをしたこと。九時半にはダイニングで休憩。アイスコーヒーを飲みながら。パソコンでメールの確認をしたりして。現在、「芦屋芸術」二十七号の編集・校正の真っ最中。執筆者の皆さんとのメールのやりとりもあるので、毎日何度か受信トレイを確認している。十一月一日が発行日だから、九月二十日までにはどうしても編集・校正を終わらせたいので。
十時から亀の池の掃除を始めた。
ふと、こんなことを考えていた。
池の水にはボウフラが極端に少なくなっている。もう秋。蚊の季節は去っていくのだろう。
それにしても、きょうの朝七時ごろ、庭の掃除をしているとき、私は蚊にかまれた。亀の池の掃除をしているときは、左右に蚊取り線香炊いているのだが、それでも夏場、蚊にかまれることがしばしばだった。だが、きょうは一匹の蚊の姿も見えなかった。朝の七時には蚊が腕に止まったところ、叩きつぶしさえしたのに。
だとすれば、時間によって、蚊の出没する確率は変化するのだろう。
確かに、考えてみれば、人間の場合でも、出没の確立の高低があるんじゃないか。芦屋の夜の小さな繁華街を例にとれば、深夜から未明、そして夜明け前まで、人の姿が出現する確率は極端に低くなってしまうのだった。そうじゃないだろうか。蚊も人も。
こんな世迷言を頭の中に刻みながら、池の掃除を終え、しばし亀と遊んでいたのだった。
*写真は、亀と遊ぶ左手。