こんな作品を読んだ。
「イレーヌ」 ルイ・アラゴン著 生田耕作訳 白水社 1990年6月10日第2刷
この本は1928年にフランスで発刊され著者不明であったが、現在はアラゴン作だと確定されているようだ。
確かアラゴンは二十代半ば過ぎまでダダイスムからシュルレアリスムの中心メンバーで活動したが、1927年に共産党に入党、1930年には社会主義リアリズムの方へ走り去っていく、そのように紹介されているはずだった。余談になるが、世紀末から二十世紀初頭に至って繁栄を極めていた西欧資本主義が第一次世界大戦で荒廃、戦後、社会生活のみならず所謂「西欧文学」においてもいかに混乱し錯綜したか、従来では予測不能な作品群がまるで悲鳴を上げるように登場したか、私はそれらの作品群に極めて関心を抱いてこの島国の片隅で学んできた。
それはさておき、この時期、アラゴンは二年ほど付き合っていた恋人ナンシー・キュナードと別れるのだが、それが1928年で、この年に本作品「イレーヌ」が出版されたという話だ。これも余談だが。
この作品は従来の小説や詩といった「ジャンル」的な常識の上で成立している言語芸術ではなかった。とってもアナーキーな世界だった。現実を描写してみたりもやっているが、しかし根底では常に現実ではなく内面の潜在下に横たわる無意識の性愛、そこから湧き出し噴き出してくる妄想を言語化している。おそらく著者は現実を楽しむ興味なんてさらさらなくて、妄想を書き続ける行為によって辛うじて生き延びていたのかもしれない。おそらく。すべてこの文章を書いている私の憶測にすぎないけれど。