芦屋芸術|同人誌・現代詩・小説

北村順子の短篇集「晩夏に」

 一気に読んでしまった。一言でいって、常に前進する時計の時間ではない、収録された九篇の作品を読みすすむにつれて、生きている時間が流れてきた、登場人物たちの現在と過去の落差、その切り口に無音の血が零れている、そんな生きている時間。

 九篇の中で、「パーティー」という作品は、かつて「孤帆」18号でボクは読んでいる。その時、木村より子さんが本名で、北村順子さんがペンネームではないか、そんな空想がただよってきた覚えがある。バカバカしい妄想に耽ることが出来るのも、既に評価が定着した作品ではなく、現在進行形の作品を読む、つまり、自分の眼だけで読む楽しみのひとつではないだろうか。今回、その意をさらに強くしてしまった.

 人はおそらくすべて、それぞれの神話を生きて、この世を去っていくに違いない。けっして大ぜいの人が、大声でおしゃべりなんてすることがない、例えば、この九つの物語を支える木村より子という時間軸が静かに回転しながら、どちらかといえば淋しい言葉を刻んでいく、眼を閉じると、ボクだけに聴こえてくる、ひっそりとした、誰のものでもない神話。