芦屋芸術|同人誌・現代詩・小説

大坪砂男を読む

 最近、本を読む時間が少なくなってきている。やはり去年ワイフが亡くなったため、日常生活の雑用が増え、そのうえ、二年余り前から五十年ぶりに弾き始めたギター、おおよそ一日三時間前後の練習、もちろん午前中は事務所で仕事に追われ、朝夕の愛犬ジャックとのお散歩……こうして一日の時間をじっくり調べていくと、一時間乃至二時間の読書。

 

  大坪砂男全集Ⅰ(1972年5月16日、薔薇十字社発行)

  大坪砂男全集Ⅱ(1972年5月26日、薔薇十字社発行)

 

 この二冊で大坪砂男のすべての作品が収録されている。初版本が出て直ぐ購入した記憶があるので、ずいぶん昔の話になるが、よく通った西宮図書館でその当時流行った幻想小説の類のアンソロジーで彼の作品を読んだのか、あるいは澁澤龍彦の「偏愛的作家論」の影響か。全集を買う前に、少なくとも澁澤龍彦が推す大坪の代表作「天狗」、「零人」は読んでいた。

 もう四十年余り前に買った本を読み直すなんて、とても奇妙な話ではあるが、あの頃、すべての作品を読まなかった後悔をこの歳になって遺さないためにも、大坪砂男に敬意を表して、最初の一行目から最終行まで読んだ。

 若い頃、数年ばかり東京に流れて、三田図書館で読んだ牧野信一全集の記憶が、なぜか浮かんできた。ふたたび大坪の作品を読んで、不図、完璧な言語作品を志す者の不幸と栄光を、あらためて思い至ったのだった。