芦屋芸術|同人誌・現代詩・小説

親水公園にて その26

 一九六九年秋。私がSのアパートで遊んだのは、あれが最初で最後だった。

 遊んだ? いや、私たち二人はじっと見つめあったままだった。三つくらい年上の彼女はベッドの縁に座って私を見上げ、まだ二十歳だった私は勉強机の前に立って彼女のペンをいじくっていた。

 一年余り前の出会いからこの部屋へやって来るまでの記憶の映像が走っていた。私たちはその頃、過激な革命運動をやっていたある新左翼に属する同志だった。何度も一緒にデモにも行った。

 阪神香櫨園駅から少し歩いたこの部屋へは、どこへ行くともいわず、ただ何となくSは誘った。私も彼女は嫌いではなかった。もしこの部屋で愛しあっていたら、彼女と私は今とはまったく違った人生を二人で歩いただろう。だが、どちらからともなく、私たちは部屋を後にした。

 普通電車しか止まらない香櫨園駅。北側のプラットホームのベンチにSは座っていた。大阪方面行だった。

 私は南側、神戸方面行のプラットホームに立っていた。彼女の顔は上気して頬はピンク色に染まり、心なしか少し笑っているようだった。普通電車が来た。体が消える数秒前に、彼女は右手を小さく振っていた。

 電車が去っていくと、ベンチに誰の姿もなかった。以来、私とSは二度と会わなかった。

 

 

*午後二時頃。南北に親水公園の中央を横切る小道の南端にかかった小さな橋のたもと、東屋の後方から西に向かってスマホを向けた。