芦屋芸術|同人誌・現代詩・小説

鹿を食った話

屋久島で三日間の滞在中、現地の女性のガイドさんからこんな話を聞いた。

屋久島の人口は約14,000人ですが、そして人口は増えもせず減りもせずだいたい横ばいで推移していて、人口が減少していく傾向にある日本の離島の現状にいたしましては、屋久島はめずらしくそれが減少しないのですけれど、といいますのも、都会へ出て行った若者たちがふたたび帰郷したり、あるいは関西方面などの都会からこの島に移住する人々もいて、これといった歴史ある遺跡なども見当たらないのですが、そういった自己中心的な恐ろしい権力が作り出した歴史や建物などが存在しないことがかえって、そして樹齢数千年という屋久杉からも知れますように原生林に生かされて生きる生活がありまして、もちろんここでもお金がなけりゃそりゃあ生きていけないのが現実でございますが、年がら年中雨が降っていまして、この世を超越した楽園では決してございませんけれど。

確かに楽園ではございません。でもしかし、人口14,000人の町に、鹿がおおよそ19,000頭、猿が12,000匹住んでいまして、車でわずか2時間か3時間くらいで一周出来る周囲が100km余りの円形に近い島。お客様、いったいこんな状況が信じられるでしょうか。同じくらいの数の人と猿と鹿が住んでいる島。どうです。こんなちっぽけな島に九州最高峰の標高2,000mに近い宮之浦岳を筆頭に1,000m以上の山が数十重なりあっております。多雨で落差が大きいがゆえ、わたくしどもは水力発電だけで、つまり自然エネルギーだけで生活しております。この島では水力発電で15万kWを発電いたしますが、島民14,000人の使用電力は3万から4万kW程度ですから、電力がかなり余ってるんです。ここで私はガイドさんの話に割って入った、それじゃあ、ガソリン車を電気自動車に変換すれば、きっと将来の日本のモデルケースになりますネ。

昼ごはんには鹿の刺身と焼肉が出た。肉の臭みはなく、味はとても淡白だった。ほとんど赤身で、脂身が少ないせいだろう。

屋久島では年間に2,000頭以上の鹿の赤ちゃんが生まれるので、どんどん増殖していて農作物まで食ってしまい、手に負えなくなって、猟友会で殺処分してるらしい。それでも殺しているのは年間1,600頭前後で、このまま放置すれば鹿は増え続ける一方だろう。昼間食べた鹿肉はおそらくこの殺処分されたものをさばいて料理したのだろう。

鹿は島のあちらこちらで見ることが出来る。たいがい牡鹿は単独行動、牝鹿は子供連れである。鹿の肉を食った後も夕方まで散策して、山の中や林道でたくさんの鹿と出会った。屋久シカは小ぶりで、眼が愛らしくてとてもかわいいなあ、観光客はみんなそんな会話を交わしていた。

その夜、昼間はあんなにも晴れわたっていたのに、亜熱帯気候特有の驟雨が来た。屋久島には「三岳」というおいしい焼酎があり、少々飲みすぎてホテルで早くから寝てしまったのだが、余りにやかましい雨音に目覚めたのだろうか、枕もとに鹿が立っていた。悲しそうな顔つきをして、じっと私を見つめ、「子供をかえしてください」、首を突き出して、そっと私の耳もとでささやいているのだった。おかしな話だが、私は飛び跳ねてベッドの上にちょこんと正座し両手を合わせ、「ご免なさい、もうすっかり子供さんを食っちまいました、どうぞ、どうぞ勘弁してやってください!」、不覚にも泣きじゃくっているのだった。

雨の音はいよいよ激しくベランダの闇をたたいていた。既に室内には鹿だけではなく、牛、豚、羊、馬、ニワトリ、さまざまな魚類貝類、ほうれん草、タマネギ、トマト、エンドウ豆、じゃがいも、キャベツからお米やら麦やらそば粉やら果てはベランダの向こう側の闇の中から巨大なクジラに至るまで生きとし生けるものすべてが殺到し、反転し、ひしめいて、「かえしてください! ねえ、かえしてください!」、いつまでも合唱するのだった。