芦屋芸術|同人誌・現代詩・小説

ヤン・ポトツキの「サラゴサ手稿」

 或る奇書研究家からのご教示により、この方はフランスの奇書の翻訳も既に複数ものしているが、私はこの本を手にしたと告白しなければならない。そして一読、成程! 合点した。

 

 「サラゴサ手稿」 ヤン・ポトツキ著 工藤幸雄訳 国書刊行会 昭和55年9月30日初版第一刷

 

 作者ヤン・ポトツキについて、また、この作品の主題やその周辺、成立へのいきさつ、それらすべては本書巻末の訳者の「ヤン・ポトツキについて」という論考を参照されたい。この作品の時代背景を含めて詳細に論じられている。

 ひょっとして、怠惰に聞こえるかも知れない。だが、私はこの作品に関してアレコレ語りたくはない。私にとっては、最高級の作品であり、直接読む以外に、「サラゴサ手稿」を語ることは不可であろう。

 ただ、これだけは言っていいと思う。さまざまな宗教を信じている人々、例えばユダヤ教やイスラム教やキリスト教を信じている人々がまったく対等な人間として登場し、さまざまな人種の人々、さまざまな職業の人々が、超現実的な、窮極の幻想の世界で、同じ共通の試練と喜びと絶望などを経験していく鮮やかな姿を見つめていると、この作者は、おそらくこの世では永遠に成立不能と言っていいのか、どうか、まあ、それはともかく、少なくとも絶対自由を実現する想像力に強く支えられて、まだ現実にはやって来ない世界を、言語によって、物語ったのではあるまいか、私にはそう思えた。惜しむらくは、この書は一部訳であり、私は完訳を切に待ち望む。

 

「言葉こそは物質とあらゆる次元の霊的存在とのあいだの真(まこと)の仲立ち」(本書179頁)