芦屋芸術|同人誌・現代詩・小説

ボルネオ島からの帰還

俺たちは腰まで泥水につかりながら、頭にリックを載せて、死の行進を続けた。俺たちのほとんど右脇を巨大な水トカゲが泳ぎ過ぎた。山下旅行社のオプショナルツアーによれば、このジャングルの奥に、おおよそ7000年前の先住民がフィリピン諸島からの侵略者に敗退して地下にもぐり、地下帝国を建設して現在に至っているという。旅行社の社長が地下帝国の入り口付近で先住民族と遭遇し、その後も何度か接触して友好条約を締結、旅行契約の独占権を獲得したというふれこみだった。この契約の仲介役は、コタキナバルに在住する秘密結社「その名は秘密」の正会員、怪夫婦「バグース」だった。しかし既に泥水はアゴの辺りまで、そうしてまた全身にヒルが吸い付いている……

もし夢から覚めなかったら俺たちは窒息死していたに違いない。さいわい死の瞬間、朝が来た。きょうもきのうと同様、バグース夫婦とMr.S、日本からやって来た俺たち三人は早朝からスルーでゴルフコースを回り、それから昼食。もちろんタイガービールの飲み放題。郷に入れば郷に従えか。今日は四川料理。なんでも郷だ。熱帯雨林の炎天下、ポロシャツから突き出した両手はまっ黒に日焼けして、帰国したら、ありがたいことに、皮がめくれてきたぜ。