芦屋芸術|同人誌・現代詩・小説

ヴィーゼルの「夜」

 この本の著者は、トランシルヴァニアのシゲトという小都市でユダヤ人の商人の息子として一九二八年九月三十日に生まれている。一九四四年にナチスドイツはこのシゲトに二つのゲットーをつくり、シゲトに住むすべてのユダヤ人を隔離し、その後、強制収容所へ輸送する。「輸送」というのも、牛馬以下の状態の貨物列車で人間ではなく汚れた物体として運び出されたのだから。

 

 「夜」 ヴィーゼル著 村上光彦訳 みすず書房 1973年2月10日第8刷

 *この作品は、1958年にフランスの深夜叢書社から出版された。

 

 著者は、おおよそ一年くらいの間に、ビルケナウ、アウシュヴィッツ、ブーナ、ブッヒェンヴァルト、さまざまな強制収容所に転送され、そこでさまざまな経験をするのだが、まだ十五歳ばかりの彼の経験を、この書は克明に刻みつける。例えば、最初に到着したビルケナウではこんな具合だった。少し長くなるが引用しておく。

 

 指揮棒は左へ向けられた。私は半歩前に出た。まず、父がどちらに送られるか見たかったのである。右に行こうものなら、私は追いすがったことであろう。

 指揮棒は彼のためにもう一度左の方へ傾いた。私の心臓から重荷がすとんと落ちた。

 左側と右側と、どちらの方角がよいのか、どちらの道が徒刑場に通じ、またどちらの道が焼却炉に通じているのか、私たちはまだ知らなかったのである。それでいて、私は、しあわせな感じであった。私は、父のそばにいたからである。私たちの行列は、ゆっくり進みつづけていた。

 もう一人の囚人が私たちに近づいた。

 「嬉しいかね。」

 「ええ」と、だれかが答えた。

 「気の毒に、あんたたちは焼却炉へ行くのさ。」

 彼はほんとうのことを語っているようにみえた。私たちからほど遠からぬところで穴から焔が立ちのぼっていた、巨大な焔が。そこでなにかを燃していた。トラックが一台、穴に近づいて、積み荷をなかに落とした。―幼児たちであった。赤ん坊! そう、私はそれを見た、われとわが目で見たのであった……。子どもたちが焔のなかに。(その時以後、眠りが私の目に寄りつかなくなったとしても、いったい驚くべきことであろうか。)(本書60頁)

 

 この出来事が、著者の強制収容所での最初の体験だった。その前に、男女の選別のため、母と姉二人と妹と別れ、父と二人で男の方の行列に並び、メンゲレ博士という男の指揮棒で左と右に振り分けられたのだったが。そして、彼等二人は左だったが、右に振り分けられた人々の行き先は焼却炉だった。さらに言えば、母と妹はガス室で、父はブッヒェンヴァルトの強制収容所で死んだ。

 ここから先の物語は、強制収容所の生活が詳しく描かれている。この生活で、ユダヤ教の深い信仰を持っていた著者は、「神の死」を経験する。著者にとってユダヤ教における人間を創造した「神の死」は、同時にまた、「人間の死」だった。それは心がぐちゃぐちゃに破壊され、虚ろに、空洞になっていく経験だった。もしヒトラーを中心にナチスドイツが表現した行為が人間という存在のもともと備わった属性だとするなら、そして、もちろん、言うまでもなく、歴史の中でこの属性が表現されたのであるから、確実に人間の属性だと言い切っていいのだが、だとするならば、いずれにせよ、この属性によって人間という存在は必ず死滅するに違いない。