芦屋芸術|同人誌・現代詩・小説

小倉豊文の「ヒロシマー絶後の記録」

 高村光太郎はこの本の序でこんなふうに書いている。

 

「この記録を読んだら、どんな政治家でも、軍人でも、もう実際の戦争をする気はなくなるであろう。今後、せめていわゆる冷たい戦争程度だけで戦争は終わるようになってくれなければ、この沢山の日本人は犬死にになる。この本をよく読んで世界の人びとに考えてもらいたい。」(本書3頁)

 

 高村光太郎がこの文章を書いたのは一九四九年二月であり、この本の初版本(一九四八年十一月、中央社刊)を読んで著者に贈られたものである。

 

 「ヒロシマー絶後の記録」 小倉豊文著 平和文庫 2012年7月25日初版第二刷

 

 この書は、一九四五年八月六日の広島の原爆体験の記録をもっとも早く世に出した一冊である。原爆で喪った妻への全十三通の手紙という形式で、第一信(一九四五・十一・十記)から始まり、第十三信(一九四六・八・六記)で終わっている。被爆後、ちょうど一年で書き上げた亡妻への手紙である。言語を絶する亡妻への一周忌の供養である。

 著者自らも被爆したが、爆心地半径一㎞足らずの八丁堀の福屋近辺で被爆した妻は八月十九日に原爆症で他界するのだが、四十代半ばの日本史学の学究である著者の文章は、死者への強い思いを抑制した、被爆者としては最大級の客観性を持った記録となっている。しかし、そうした書きぶりがかえって、著者の限りなく深いほとんど苦痛のような悲しみを表現している。