芦屋芸術|同人誌・現代詩・小説

松尾あつゆきの「原爆句抄」

 この本は、「原爆句抄」として自由律俳句二百二十句、日記から「爆死証明書」、この二篇で構成され、荻原井泉水の「序にかえて」、著者の「あとがき」、被爆した家族の中で唯一生き残った著者の長姉の子、平田周の「復刊によせて」が前後に添えられて、著者の原爆体験の半生にわたる真実が、言語によって刻まれている。

 

 「原爆句抄」 松尾あつゆき著 編者平田周 書肆侃侃房 2015年3月20日第1刷

 

 この俳人は、長崎の原爆を職場で被災し、自宅にいた妻と四人の子供のうち、長男、次男、次女の三人を喪い、家も壊滅する。この出来事はこの本に収録された著者の日記「爆死証明者」に詳しく書かれているが、句では、このように表現されている。

 

 こときれし子をそばに、木も家もなく明けてくる(16頁)

 炎天、子のいまわの水をさがしにゆく(17頁)

 なにもかもなくした手に四まいの爆死証明(20頁)

 

 また、妻は、八月九日の被爆で、その後、八月十三日に永眠する。三十六歳。八月十五日、著者は学校の運動場で妻を焼く。この時の状況を著者は日記「爆死証明書」でこのように書いている。少し長くなるが、愛する人との今生の別れ、とても大切なところなので、引用したい。

 

 いよいよ木組を終り、その上に妻の遺体をのせ、更に木を積み、火をつける。すぐに、えんえんと燃え上がる。

 そのとき君ヶ代がきこえた。しかし、その後のラジオは雑音で何を言っているか、さっぱり判らない。暫く後、数人の人が校門を入って来たので、何の放送かとたずねると、日本の降伏だという。私達は耳をうたがい、そんなことがあるものか、となじるように言うと、いや間違いない、と答える。涙がポタポタ落ちてくる。今になって降伏とは何事か。妻は、子は、一体何のために死んだのか。彼等は犬死ではないか。なぜ降伏するなら、もっと早くしなかったか。今度の爆弾で自分達の命があぶなくなったから、降伏したのではないか。(127~128頁)

 

 ここの状況を、句では、端的にこう表現している。

 

 炎天、妻に火をつけて水をのむ(20頁)

 降伏のみことのり、妻をやく火いまぞ熾りつつ(21頁)

 

 これ以上、ボクは語る言葉を持たない。確かに、所謂「原爆文学」は楽しい読物ではない。だが、そこには真実への心が激しく騒いでいる。