芦屋芸術|同人誌・現代詩・小説

初めて、有島武郎を読む。

「わたし、有島武郎が、好きなの……」
 賑やかな夜の街をならんで歩いている時、不意にはしゃいで、Aは有島武郎の作品「或る女」についてまくしたてた。
「ボクは、何故か、今まで一度も読んでいないけれど……」

 「小さき者へ・生まれ出づる悩み」 有島武郎著 新潮文庫

 昨日の昼、友人と難波の行き付けのレストランで飲食を共にする約束の際、少し早めに事務所を出て、地下街にある旭屋書店に寄った。もちろん、有島武郎の本がお目当て。
 おそらく岩波文庫か新潮文庫か、そう見当を付けて探したが、上記の一冊しか見つからない。「或る女」もない。他の棚も探し回ったが、結局、この一冊だけ。
 この本には、表題の通り、「小さき者へ」と「生まれ出づる悩み」の短編二作が収録されていて、読みやすく、わかりやすく、一気に読んでしまった。しかし、わかりやすいからといって、ここまでの作品にするのは簡単ではない。つまり、心に切迫した真実を言葉でわかりやすく表現する事ほど、難しいことはない。もっと積極的に言えば、伝え難い真実を小難しくおしゃべりしたり文章にしたりすることは、決して「表現」とは言えないのかも知れない。心の真実は、ほんとうは難解なものではなく、とてもわかりやすいものなのかも知れない。時至れば、枯葉が地上に落ちるように、真実はすべての人の心に落ちていくのかもしれない。
 言うまでもなく、この本についてボクのような者の解説なんて不要。一読すれば、ほとんどの人は、読んでよかった、そう思うだろう。
 もしAに出会わなかったら、そして、あの時、「或る女」についてお話してくれなかったら、ボクは一生有島武郎の一行さえ知らず、この世を去っていただろう。「ありがとう」。Aに感謝して、本を閉じた。