芦屋芸術|芸術誌・現代詩・小説

亀とサツキ(続)

 もう五月になっていた。ツツジは終わりを迎え、サツキが咲き初めていた。

 以前にも触れているが、土曜日がやって来るたび私は亀の池を掃除している、その理由は二つある。

 一つは、私のようなニンゲンもそうだが、亀だって衣食住の環境は大切だった。衣は甲羅で年中同じ服装、わざわざ着替える必要はない。食と住はそういうわけにいかない。小さな池の水はすぐ汚れてしまう。

 もう一つは、ボウフラ対策。一週間か二週間で孵化して蚊になってしまう。好きなことしてる私は自業自得だが、ご近所迷惑にならないためには。

 

 確かに土曜日の午前中は亀の池の掃除。日曜日の朝八時から一時間、ボランティアで芦屋浜の掃除。もうすぐ私は七十七歳になるが、平日の午前中は事務所へ出てまだ従来のビジネスを続けている。そのうえ、「芦屋芸術」のウェブサイトに毎日投稿。個人誌「芦屋芸術」を年三回発行。また、年二回、「別冊關學文藝」に小説詩とでも呼べばいいのか、奇妙な作品を発表。そればかりか、週に二回前後、夜になると阪神芦屋駅・JA芦屋駅近辺で飲み歩いて午前様。

 いくらなんでも、はたから見れば、一種異様に見えやしないか。でも、十二年前に愛する女を喪い、愛の中心が欠落した私にしては、毎日追い立てられる生活しかもはや出来そうになかった。だから私には不自然ではなく。当然だった。

 

 ただこんな生活を維持するためには、捨てちまう時間もたくさん。彼女が亡くなってから、家ではテレビを一瞬たりとも見ていない。余程のことがない限り、芦屋周辺で遊ぶ以外、この町を離れたことがない。二年前に新聞もやめた。夕食はいつも近くのお店で外食。他にもまだまだあるが。

 

 亀の池の掃除も終え、彼と遊んだ。散歩姿をスマホに収めた。その中から数葉を。

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*トップの写真は、咲き初めたサツキの前を散歩する亀。