サシミン 空気みたいなのがいいよね。わたし、そんなのが好き。二人だけでいて、おたがい存在感はない、接触感がない、接着剤みたいにぐっちゃりしない、くちゃくちゃくっつかない、そんな関係、わたし好きなの。
M 接着剤みたいに、時には愛しあいたいけど……
サシミン わたし、子供が三人いたの。大きな子供だけ一人残して、小さな子供を二人連れて、同じ屋根から飛び出して、別の屋根で暮らしたの。大きな子供、とんでもない奴だった。あれ以来、ずっと会っていないし、仕送りなんてゼロ。まったくなし。だって、子供を橋の下に捨てたって、冷蔵庫に閉じ込めたって、きっと、あいつだったら平気の平左、毒マンジュウ。あなたみたいに、時には女とベタベタ愛しあいたいなんて、まったく世間知らずもいいとこね。悪いけど、ひょっとしたら、あなたって三文小説家?
M ……
サシミン わたし、二人の子供、育てて、社会へ送り出した。孫が四人いる。
M でも、サシミン、男と女って、時には激しく愛しあうことも、とてもステキな時間、そうじゃないか?
サシミン あなたって、でしょ。やっぱし。だから三文小説家。わかる?男と女は、空気の関係だけでいいの。あたし、長い人生からこう結論したわ、あの男、ほっといたら結局、子供を殺していた。わかる。わたしは、子供が好き。長男より、妹の方が、もっと好き。わたしの大切な話し相手。あなたには、こんなことでさえ、いっかな、わからないと思う。
M いろんな人生があってさあ、だけど、男と女は、愛しあって、何万年も暮らしてきたんじゃないかと……
サシミン わたしたち、三年で別れた。十年でも、あいつなんて耐えられやしない。殴る蹴る。五年もしたら、わたし、ヒキニクみたいに、バラバラに砕かれてた。だからもう、男なんて、いらない。だって、それに、わたし、いまじゃ六十一よ。そもそも、こんな体、いまさら、見て、どう、どうって、男に迫って、じっくり見られるなんて、恥ずかしい。恥ずかしくって、死んだ方がまし。
M ……
サシミン 透明人間ってステキね。誰にも見られないから。
M ……
サシミン あらもう十一時が過ぎてる。悪いけど、わたし、帰る。
M さよなら。でもボクはもう少し飲みたい気分。じゃあ、来週、金曜日、また、ここで会おうね。楽しみにしてる。
サシミン わたしも、楽しみにしてるわ。暗い、グチ、また聞いてね。きっと、金曜日、ここに来るわ。夜の七時に。
M おやすみ。金曜日、透明じゃなくって、その体、また見せてネ。
サシミン いいわ。もう一度だけよ。もう一度だけ見せてあげる。あなたにだけ。そっと。それまで、おやすみなさい。バイ。