芦屋芸術|同人誌・現代詩・小説

きのう、私は感謝した。

 私は二十九歳から、亡妻「えっちゃん」とふたりで、主に損害保険の代理店を家業にして、この世を渡って来た。現在七十二歳だから、もう四十三年間、この仕事で家族の衣食住をまかなってきたわけだ。

 この間、代理店業の在り方も時代の流れに対応して、さまざまに変化してきたのは言うまでもない。代理店の資格制度もスッカリ変わってしまった。……昔、損害保険の代理店資格は初級資格を除いて、普通資格から上級資格そして特級資格まで、すべて永久資格だった。一度試験に受かれば、違法行為などもなくまともに代理店経営を続ける限り、資格喪失はなかった。

 だが、確か所謂「バブル崩壊」後だったろうか、永久資格ではなくなった。五年ごとに更新試験にパスしない限り、代理店主あるいはその従業員は損害保険の販売や事故の受付業務などが出来なくなった。

 私はもう代理店の経営者ではない。七年前に妻悦子を失ってから経営権を次男に譲渡し、午前中だけ事務所に出て、代理店の使用人として仕事を続けている。

 きのう、代理店資格の更新試験を受け、無事合格した。これで、あと五年間、七十七歳まで私は代理店の使用人を続けることが出来るのだった。常々、体が不自由になって出来なくなるまで、私は亡妻「えっちゃん」とふたりで創業したこの仕事を、何としても継続したい、そう願っていた。……こんな歳になっても合格できた幸運を、私は心から感謝したのだった。