芦屋芸術|同人誌・現代詩・小説

ジョン・クラカワーの「空へ」

 東京のAさんからのおすすめで、この本を開いた。

 

 「空へ」 ジョン・クラカワー著 梅津正彦訳 山と渓谷社 2019年12月25日初版第三刷

 

 この本の副題は、「悪夢のエヴェレスト 1996年5月10日」となっている。この副題でもわかるとおり、この日、多くの死者を出したエヴェレスト登山隊の詳細な客観的な状況報告とその分析・批判ばかりではなく、それを基礎にしたすさまじい悲劇を劇的に描ききったドキュメントだった。著者は豊かな登山歴を持ったアウトドアを専門にするライターであり、また、言うまでもなくこの登山隊に参加していて、出来るだけわかりやすい表現や注釈を加え、山岳登山に縁のない一般読者でも充分楽しむことが出来るように書いている。かなり分厚い文庫本だが、私は一気に読んでしまった。

 この事故の死者の中に日本人もいた。難波康子という人だが、この人は日本人女性で二人目のエヴェレスト山頂の登頂記録者だが、下山時に死亡した。日本の新聞でも大きく取り上げられて記憶している方も多々あるかとも思う。本書には、その出来事の詳細も描かれている。

 八八四八メートル。地球の最高点、エヴェレストの頂上を極める……本格的な登山家のみならず登山愛好家でさえ、そんな頂点への激しい意志があるのだろう。考えてみれば、それは何も登山ばかりではないであろう。さまざまな仕事、趣味などにも同質の側面、頂点への意志があるのだろう。ただ、登山の頂点の先は、一歩踏み誤ると、絶壁だった。