芦屋芸術|同人誌・現代詩・小説

阿川弘之の「魔の遺産」

 一九四五年八月六日、広島に投下された原子爆弾による惨状だけではなく、この書は、それから八年後の広島をルポルタージュする著述家野口によって、原子爆弾投下直後と、その八年後、原爆症に苦しむ人々の姿を写実して、立体的に広島の悲劇を描いている。また、米国から派遣されたABCC(原子爆弾傷害調査委員会)の実体を詳細に描き、原子爆弾の被害者の調査だけで、治療はやらないこの組織を厳しく告発している。

 

 「魔の遺産」 阿川弘之著 PHP文庫 2002年5月15日第1版第一刷

 (初版は昭和28年3月に新潮社から発刊されている)

 

 話は一歩一歩具体的に展開されていき、わかりやすく、読みやすく、通常の爆弾を逸脱した「原子爆弾」の異様な姿を、読者は直視することとなるだろう。

 ただ、著述家の野口や、ABCCに所属する日本人医師楠原の考え方の中で、人種差別の問題が前面に強く出てくるのだが、気持ちはわからないではないが、ボクは積極的には同意できなかった。つまり、米国人は白人種であり、日本人は有色人種である故、日本人を原子爆弾で皆殺しにするのは、白人種にとっては牛や豚を屠殺するようなものである(特に、本書第三章八節、第四章五節を参照)。阿川弘之は率直に真実として、作中、野口や楠原にそういう主旨を語らせているのだろう。しかし、こういった素朴な人種理論で原子爆弾の投下を理解しようとするのは、この戦争の本質を見失ってしまうのではないか。