芦屋芸術|同人誌・現代詩・小説

秋月辰一郎の「死の同心円」

 最近、所謂「原爆文学」を読み続けているが、そういう心境に達したのも、ボクのワイフ、彼女をボクはいつも「えっちゃん」と呼んでいたが、彼女の死が強く作用していると思う。
 えっちゃんが永眠してもうすぐ五年になるのだが、そして限りなく個人的な世界の話になってしまうが、ボクラは四十三年間、たがいに愛しあって、同じ屋根の下で暮らした。そのうえ、自営業で自宅を事務所にしていたので、一日中、仕事も遊びもふたり一緒だった。
 原始仏教では解脱する対象が生老病死の四苦だと思うが、浄土系の仏教では、その他に「愛別離苦」を加えて、五苦としている。法然の「選択本願念仏集」でも、そうなっている。それほど、昔から愛するものとの別離は救いがたい悲痛だった。ボクも、えっちゃんと死別して、生まれて初めて、それを知った。
 ここから、自然に、瞬時に愛しあうものが壊滅した、ヒロシマとナガサキに向き合うようになった。ボクがえっちゃんと愛しあって楽しい生活を送っている時には、まるで想像だに出来ない、心境の変化だった。

 「死の同心円 -長崎被爆医師の記録」 秋月辰一郎著 長崎文献社 2011年5月2日第4版

 この本は1972年7月に講談社から発行されたものの復刻版である。わざわざボクが解説するまでもない。一九四五年八月九日に長崎に投下された原爆が、その地に日々愛しあって暮らしていた人々の人生をいかに無残に破壊したか、それにもかかわらず、被爆者たちが絶望の中でどのようにたがいに支えあったのか、極めて具体的に書かれている。また、同時に、この長崎の被爆医師、秋月辰一郎の絶望的な医療活動の中で、どのように自分の心が変化していったのか、その心の動きの記録でもある。一読を乞う。