芦屋芸術|芸術誌・現代詩・小説

亀とテキーラの夜

 きょうは、土曜日。私に与えられた課題は、言うまでもなく、毎週土曜日の午前中やっている亀の池の掃除をきょうも実行することだった。

 

 昨夜も歌姫と飲んで、歌った。「も」と言ったのは、近頃、しばしば彼女と会っている。阪神芦屋駅前で落ち合って、昨夜は食事でテキーラを飲んでいた。先週だったか、やはりこのお店で四種類あるテキーラのメニューのうち、一番上に書かれたそれを試飲した。昨夜は上から二番目にメニューに書かれたテキーラを二人で飲んだ。

 だから、少なくともあと二回はこのお店のお世話になるに違いない。四種類のテキーラをぜんぶ飲んでしまうまでは。はたから見れば、何だお前、つまらないことやってやがるなあ、そんな判断を下すのが落ちだろう。いや、だが、私はつまらないことが、トテモ好きだった。

 

 帰宅したのは、きょうの午前零時、ちょうど、だった。十分余り、ぼんやりしていた記憶は残っているが、あとは、爆睡。

 

 七時過ぎに起きて家事。一通り済ますと、気になっていた家の裏の歩道と塀の間に生えだした雑草を抜いた。また、快晴だったので、花壇と鉢に水やりをした。汗がにじみだした。そのうえ、私はもともと汗っかきだし。

 我が身に庭からの退却を命じた。ダイニングでアイスコーヒーを飲みながら、パソコンを開いたりして、しばし休憩。

 

 十時半に仕事再開。もちろん、亀の池の掃除。

 

 当たり前の話だが、生命活動は必ず環境を汚染する。家事の中でさえ、食事の用意以外は、掃除洗濯など、汚染対策の比重が大きいのではないか。きっと、生命活動に伴う汚染は、生命の宿命であろう。どうだろう。この命題は私の独断だろうか。はたして、そうだろうか。

 

 こんなバカげた瞑想にふけっている間に、池の掃除が終わっていた、亀の生命活動に伴う汚染の除去作業が。

 とはいっても、下の写真を見て欲しい。確かに生命体は環境を汚染するのではあるが、しかし、一方、きょうも私に挨拶を送ってくれる亀の姿を。君は、亀の愛を感じないか。

DSC_0138

 

*トップの写真は、我が家の前の路上で遊ぶ亀。