不思議な構成を採用した詩集だった。歌人山崎方代の三十一首の短歌に著者がそれぞれ一篇の返歌ならぬ返詩を付けて、合計三十一篇の返詩で言葉の奥行きを深め、その舞台を拡げ、おりふしの出来事から身近な人の死までを表現した。
「山崎方代に捧げる歌」 さとう三千魚著 らんか社 2020年11月1日初版
さまざまな音楽を聴いている、そんな著者の姿が全体に反響している。モコと散歩したり、仕事に出かけたり、ひとりで酒を飲んだり、夜中に友達に電話したり、雨が降っていたり、西瓜を食べてみたり、する。そして、海が出る。海を見つめている。
熱海の断崖の病院から青い海を見た
平らだった(「01」の九行目、十行目)
平らな海が光っていた(「02」の最終行)
青い海が平らにひろがっていた(「05」の最終行)
海は永遠なのか、それとも、永遠にあらず、か?
かわらないものは
うちよせる波は(「06」の十行目、十一行目)
そこにはなにも無いが
波動だけが(「10」の五行目、六行目)
これは海ではない。蝉の声だった。だがしかし、おそらく、蝉の声でもあり、七階の病院の窓から見える海でもあった。
海辺の病院の七階から海を見た
平らだった(「13」の三行目、四行目)
病院の七階には大腿骨を折った義母が入院しているのだ(「07」参照)。詩人はそこを訪れ、義母に会い、笑みを交わし、その背後、窓から海を見るのだった。あるいは、こだまの窓から由比の海を見る。
それは経験界の事物だったが
光っていた(「19」最終連二行)
そして、海は命の別名なのか。この詩集はこの二行で終わる。
深浦の海を見た
あの世に持ってゆく(「31」最終連二行)