芦屋芸術|同人誌・現代詩・小説

緑色の愛

 部屋の片隅に黒い円筒形のゴミ箱。いったい誰が置いたのだろう。彼にはまったく記憶がなかった。

 直径三十センチくらい、高さ五十センチくらいのなんの変哲もないゴミ箱。中を覗くと、底に直径二十センチ近い楕円になった緑色のゴム状物質がくっ付いている。逆さにして何度もポンポン底を叩いてもそのゴミは落ちてこない。仕方がないので、少し気味が悪いが右手を突っ込んで、ゴミをつかんだ。

 どうしたものだろう。それは底にくっ付いたままいくら引っ張っても離れない。もう向きになってしまって、強く握りしめ、グイグイ左右に振り絞って引きちぎってやろう、もぎとってやろう、意気込んでみたが、やはりダメだ。

 そのうえやっかいなことになってしまった。握りしめていたその緑の楕円形ゴム状物体が彼の右手から離れなくなってしまった。しばらくすると、なんだか手のひらにグジャグジャ濡れた感触が広がってゆく。もう必死だった。彼はごみ箱を振り回して、これでもかとばかり床に叩きつけるのだった。半狂乱だった。

 ダメだった。彼は見捨てられた気持ちさえして、天井を見上げ、呆然と立ち尽くしていた。

 その出来事を境にして、彼は右手を円筒形のゴミ箱に突っ込んだまま、新しい生活を続けなければならなかった。既にゴミ箱は彼の体の一部だった。緑色の楕円形ゴム状物体が手のひらを繋ぎとめている限り、彼とゴミ箱は一体だった。