芦屋芸術|同人誌・現代詩・小説

卒寿

東京マザーはことし、卒寿である。その昔、マザーは書道で師範にまでなった。そして美しい墨で書かれた暑中見舞や年賀状が我が家へ届いていた。しかし認知がすすむにつれて、筆を絶ってすでに久しい。

わけあってマザーがボクのお家に滞在して一ヶ月が過ぎた。アウトドアでは愛犬ジャックと一緒に散歩したり買い物に出かけたり、インドアでは折り紙や塗り絵で遊んだりしてる。今、ボクはそっとマザーの前の卓上に毛筆を置いてみた。奇跡だった。マザーは新聞紙の片隅に筆を走らせているのだった。

この夏は墨で名を書く卒寿かな