芦屋芸術|同人誌・現代詩・小説

金曜日の夜は、北野辰一と飲んだ。

 午後四時前に、阪神芦屋駅前の喫茶店「西村」で北野辰一と落ち合った。あらかじめフェイスブックで彼の風貌は確かめていたので、すぐに彼だと知れた。

 コーヒーを飲みながら、なんだか話がすみやかに転々して、結局、いったい何を話し続けたのか、判然しない。うっすら記憶に残っているのは、小田実の「HIROSHIMA」、井上光晴の「地の群れ」、保田與重郎や伊東静雄が出たと思ったら、丸山薫や津村信夫が登場していた。確か椎名麟三の「深夜の酒宴」まで飛び出した、そんな記憶が妙にポッカリ浮かんでいる。既に午後五時が過ぎていた。

 酒でも飲もうか。芦屋警察のある交差点、鳴尾御影線の北側にちょっと入り、「銀しゃり」の暖簾をくぐった。マツタケ祭りをやっているので、土瓶蒸しや天ぷらを食べながら、ビールから始まって日本酒、焼酎までぐるぐる飲み回ったと、思う。とっくに頭はボンヤリしているので、とりあえず「思う」と表現しておく。やはり飲み食いしながら彼とおしゃべりが続いている。「芦屋芸術」、そんな言葉さえ飛び交っていた。

 もう一軒行くか。「銀しゃり」の少し東寄りの建物の地下、「みずかみ」の扉を開けて、驚いた。芦屋浜のワンチャンの散歩仲間、テーブルを囲んだ女性四人がボクを見上げて、「アラ!」

 ボクラはカウンターの席で、あいかわらずオシャベリを続けていた。十一時頃、彼と別れたが、どうして彼と知り合いになったのか、そのうえ酒まで酌み交わすようになったのか、頭はすっかり煙につつまれていた。北野辰一の出した「戦後思想の修辞学」を読んで、「芦屋芸術」のブログに一文を書いたのは記憶している。それから今夜の酒席で、ボクの主宰する「芦屋芸術」に北野辰一が寄稿する、そんな約束をした、これもはっきり記憶している。そして記憶出来ないくらいたくさんおしゃべりをしたということは、いつの間にか意気投合していたに違いない。

 おそらく来年あたりから「芦屋芸術」にいい書き手が参加する。これといった必然性もない、まったく不可思議の縁で北野辰一と出会ったが、だから、生きるって、ステキではないか。