芦屋芸術|同人誌・現代詩・小説

虚空

 昔、種々の物質が結合して、仮の男と仮の女が生まれた。彼等はこの束の間の現世で縁あって同じ屋根の下で暮らした。縁とは、愛の異名だった。
 四十三年後の未明。仮の女は元の種々の物質に分解してこの世から絶えた。やがて仮の男もまた夕日のあたる部屋で転倒し、砂塵になって崩れた。台所ではもう水の音さえしない。
 窓外はいちめんの虚空だった。雲が深紅に浮かんでいた。