芦屋芸術|同人誌・現代詩・小説

熟したやつ

 三個のうち一個は熟しているという。だが、その一個を見つけるのがなかなか困難だった。男でも女でもたいがいの人は、硬くて青いやつを「これだ!」、飛びついて嬉々としているらしい。もちろん、人それぞれで、その選択肢も有りかな、私は否定するつもりなどさらさらないのだが。

 ずいぶん昔の話だが、私は幸運にもその一個、つまり熟したやつにめぐりあった。想像以上に口当たりもよく、われを忘れてむしゃぶり続けてしまった。後味もよく、ひったりした甘みと、ひたむきな優しさに全身とろけてしまった。そんな記憶が、今になっても私の脳裏にこびりついている。

 不運が起こったのは、熟したやつをしゃぶり尽くした後の日々だった。ふたたびそんな熟したやつにめぐりあうことはなかった。硬くて青いやつばかりだった。男であれ女であれ人はみな、それがいい、可愛らしくてたまらない、確かにその硬くて青いやつをしゃぶって嬉々とした日々を送っているのだが。私にはなすすべがなかった。硬くて青いやつを投げ出した。もう金輪際しゃぶるのをやめた。

 だから読者よ、けっして熟したやつにめぐりあわないように注意せよ。