芦屋芸術|同人誌・現代詩・小説

「彼女」第二章

 同じ屋根の下で暮らしたE子を喪ってもうすぐ十年になる。この十年間、私は女性と触れ合うことが出来なかった。腕を組んだり、肩を抱いて歩くことさえできなかった。おそらく四十三年間愛しあったE子の記憶が心の奥に住んでいて、他の女性と親密になれなかったのだろう。

 数人の女性との出会いはあった。なかったと言ってすませばそれでいいのだろうが、いまさら世間体を繕うのも面倒だった。それにあなただけには何もかもざっくばらんに打ち明けたかった。……突然死に近い病、すい臓がんの末期だが、自覚症状が出てから一か月余りの闘病生活でE子はこの世を去った。不意に独身になってしまった男が新しい女性を求めて何の不思議もない。

 K子もその一人だった。友人が独り身の私を心配して紹介してくれたのだった。彼女は熟年になるまで未婚だった。芦屋に住んでいて、我が家ともそれ程遠くはなかった。最初、紹介者と三人で食事をした。その後、二人だけで食事をしたり、芦屋川沿いに散歩もした。私の誕生日に我が家までケーキを持参してくれたり。だがそれ以上の深い付き合いにはならなかった。

 私はK子を特段嫌いではなかったが、どうしても愛せなかった。そして私は愛せない女性と深い関係は持てない、遊び心がない、そんな狭い心の持ち主だった。二年後、彼女から電話があった。今まで全く気が付かなかったが肺がんの末期でもう抗ガン剤治療以外は手の打ちようがない、と。一年後、彼女は永眠した。

 亡くなる一か月ほど前のこと。阪神芦屋駅前付近でばったりK子と出会った。しばらく二人は見つめ合っていた。

「どう」

「大丈夫。元気でやっているよ」